杨基振日记>19480125

朝の急行で归北の途に着いた。
张太太に赖んで作った肠诘めを重くさげて碧莲は驿迄送ってくれた。
途中彰化に下车し、岳父の家に寄り中食の御驰走になり、娟々祝仪のきぢを渡した。
娟々は愈々1月31日に结婚する。
丁度彼女不在で残念だった。
お祝の一言でも彼女に直接言ひたかったのに……思へば大部世话になった。
特に凄惨な气持を抱いて约四ヶ月寄居してゐた时はよく子供の面倒を见てくれた。
2时40分の普通车で海岸线□□に归北し、九时半顷に家に着いた。
子供达は既に寝静ったが私の声をきいて梦から目醒め三人共我が傍につきまとふた。
いぢらしさは譬へようもなかった。
母は幸ひに思ったより元气だったが相变らず起きられず寝てゐた。
不在中家の一切は大姊が世话してくれてゐた。
何等か疲れきったやうな气がして暂くしてすぐ床についた。
01月25日星期日
早上搭快车回北。
沉重地提着托张太太做的香肠,碧莲到车站来送我,中途在彰化下车,经过岳父家吃中饭,给娟娟布匹当祝礼。
娟娟终于要在1月31日结婚,她刚好不在家,真可惜。
本想亲口跟她道贺,感谢她帮过我许多忙,特别是那心情凄然的四个月寄居生活里,她常常帮我顾小孩。
下午两点四十分的普通车,沿着海岸线回北,九点半到家。
孩子们本已入睡,但听到我的声音又从梦中醒来,依偎在我身旁。
可怜的模样,无法言喻。
母亲幸好比预期中健康,如往常一样睡得很沉。
我不在家的时间,都是大姊帮忙照料。
觉得疲惫不堪,不久后即就寝。