日本ニュース 戦后編 第68号

1947年(昭和22年)4月29日

[1]05月の声 01:40

5月です。麦も青々と伸びました。

5月の大きな行事は新憲法の施行です。漫画の横山隆一さんが「新憲法ガルタ」に腕をふるっています。特配のたばこも用意され、お酒も街に着きました。

もう一つの行事、メーデー。今年も宮城前人民の広場に集まろうと労働組合では準備を始めました。

[2]各地で火事ひんぴん 01:02

<八ガ岳>

4月14日、山梨県と長野県の境、八ガ岳山麓で近来にない大山火事が起こりました。原因はたき火の不始末といわれ、火は4日3晩燃え続け、6000町歩の山林が烏有に帰しました。

<飯田市>

4月20日、参議院選挙当日、飯田市の中央部から出火、折からの強風に火はたちまち三方に燃え広がり、4000世帯の罹災者を出しました。このため参議院の選挙は25日、再選挙が行なわれました。

[3]今週の東京裁判 00:42

4月18日、元満州皇帝溥儀氏が自分の書いたものでないと否定した親書が問題の焦点となり、弁護団側の筆跡鑑定人、警視庁高村技師は、これは彼の真筆であるとして、問題の書と溥儀氏の筆跡を比較した27枚の証拠写真を提出しました。

かくて22日、ラザレス弁護人の冒頭陳述より日華事変の段階に入りました。

[4]フラナガン神父来朝 東京<時の話題> 00:22

日本の子供に会うため、はるばる来朝した「少年の町」で有名なフラナガン神父は、4月23日羽田飛行場に到着しました。

[5]革新陣営から若手長官 北海道<時の話題> 00:17

全国でいちばん若い知事さんとして、係長から一躍北海道長官に選ばれた田中敏文氏は、労働組合、農民組合の推薦だけあって大変な人気です。

[6]また省線事故 東京<時の話題> 00:32

4月24日朝8時40分ごろ、東京田端駅付近で停車中の桜木町行き電車に鶴見行き電車が追突、車体の半分がめり込んで乗務員4名即死、重軽傷65名の犠牲者を出しました。

[7]はなひらく野球シーズン 00:53

<六大学リーグ>

春季六大学リーグ戦は、4月23日、東京·后楽園スタジアムにおいて華やかに開幕されました。第1試合、早稲田対立教の一戦、早稲田の打棒大いに振るい、8対0で大勝。

<職業野球>

同じく后楽園で18日、職業野球の第1試合、スターとフライヤーズの熱戦、1対0とリードされたスター9回裏の攻撃、ピンチヒッター内藤の二塁打でランナー2人

[8]参議院選挙おわる 02:11

4月20日、世界注視のうちに初めての参議院選挙が行なわれました。東京ではフランス通信のクルー氏が特に各投票所を見て回りました。豊島区役所では投票をすませた人たちをつかまえて鮮やかな日本語で質問。

<クルー氏>

「民主主義はどう思いますか?」

<男性有権者>

「大変けっこうだと思います」

<クルー氏>

「今度はどんな政党に?」

<女性有権者>

「そうですねぇ、どの政党といっても、まだよくわかりませんけど」

<クルー氏>

「今年は何度目?」

<女性有権者>

「2回目です」

<クルー氏>

「2回目ですか」

<女性有権者>

「はあ」

<クルー氏>

「今朝は投票しました? 女の人は、少ないでしょう。どうでしたか」

<男性有権者>

「天気はよいし、花見どきでもあってですね、日曜だから、かえって逆に棄権が多いんじゃないかと私は思っております」

21日から一斉に開票されましたが、古い封建的な貴族院の匂いはなくなったといわれています。当選した新しい顔ぶれ。今のところ最高点の星製薬の星一氏、小説家の山本有三氏、元小学校長の木内キヤウさん、資本家代表といわれる膳桂之助氏、労働組合代表のうちで目立つのは電産の佐々木良作氏、教員組合の岩間正男氏、国鉄労働組合の鈴木[清一]委員長。

<国鉄労組 鈴木清一氏>

「今まで一緒に働いたみなさんのどこを向いておるか。あなた方がどこを考えておるかということをよく自分はつかんでおるつもりなんです。でありまするので、このみなさんの気持ちを本当に議会に反映して努力していこうではありませんか」

<支持者>

「バンザイ、バンザイ、バンザイ」

[9]日本ニュース号外 03:11

<衆議院総選挙>

4月25日の総選挙は全国一斉に行なわれましたが、大火事のために焼け野原となった長野県飯田市では、参議院選挙のやり直しとともに衆議院議員の投票も行なわれました。

26日、全国で開票。各新聞、通信社はわきたっています。

東京有楽町付近は速報を見る人の波で埋まりました。

民主党本部では当選者が出るたびに太鼓を叩いています。

この日、早くも衆議院当選者は新聞社のバルコニーから第一声を放ちました。

<民主党 櫻内義雄氏>

「(聞き取り困難)」

<共産党 野坂参三氏>

「この変革期において、少数ではいい、少数でもかまわねえ、嵐に抗して、あくまで衆議院に向かって進むもの、これが絶対に必要である。これはすなわち私は共産党よりほかにないと考えている」

社会党は142名の当選者を出してついに第一党となり、自由党は131名で第2位、民主党が第3位となりました。第2位に落ちた自由党では次のように語りました。

<自由党 大野伴睦氏>

「今日ね、社会党が少なくとも第一党になったという現実の事実はやね、ぼかすことはできんが、ただしだ、自分がまた第一党になりうると思うておる。わが党に入党する人も予約されたりする人もあるんだから、必ずしも今度の数だけでは社会党が第一党であると断ずることはできないと思う」

第1位の社会党。

<社会党 片山哲氏>

「苦節30有5年が報いられて、日本社会党、時局を担当することになりました。われわれは民主革命と社会主義断行のために猛進するものであることを、ここに国民大衆諸君に向かって改めて約束するものであります」

はたして社会党片山首班内閣ができるか。連立内閣となるか。総理大臣の椅子をめぐって政局は相当混乱するものと予想されています。