1947年(昭和22年)1月28日
[1]連立ならず政局混迷 01:05
吉田内閣の社会党との連立工作はついに失敗、17日夕、これについて片山、幣原、吉田の3党首会談が行なわれ、一方、林書記官長より経過を発表しました。
<林書記官長>
「政府は社会党との提携につき努力してきたのである。しかし、予想し得なかった故障に遭ったので一応本構想は打ち切ることとなった」
かくて、内閣改造では平塚運輸相、和田農相が話題にのぼり、一方、社会党では23日、執行委員会を開きましたが、追放を噂される西尾書記長、平野代議士らの右派と、加藤、鈴木両代議士ら左派の対立は依然強く、今后の動向が注目されています。
[2]産別議長聴濤氏にテロ 00:52
産別会議議長、聴濤克己氏は20日夜、東京世田谷の家で面会を求めた2人連れの男と対談中、話がゼネストに及ぶや、やにわに刺身包丁で切りつけられ、頭、胸などに1か月の重傷を負いました。ゼネストを前にしての事件だけに各方面から問題にされていますが、22日、新鋭大衆党党首に連れられ、犯人の党員·大塚[廣男]、作間[隆太郎]は警視庁に自首、この白色テロに対し産別会議は声明を発表しました。
<産別本部声明>
「かかる反動的ファシスト分子とこれらの跳梁を許している吉田亡国内閣の政治的責任を徹底的に追究し、あくまでゼネストをもって打倒するであろう」
[3]璽光サマとらわる 金沢 00:39
双葉山、呉清源などの信徒を看板に、天変地変を唱えて世間を騒がせていた璽光教の生き神様長岡良子らに対し、1月21日夜、一斉検挙が行なわれ、これを拒んだ双葉山らとの間に大乱闘となりましたが、ついに御用となりました。昔の夢を追う一部分子の暗躍だともいわれ、深刻化する世相を物語っています。
[4]野坂夫人帰る 東京<時の話題> 00:27
モスクワで人民解放戦線に活躍した野坂参三氏の夫人·龍子さんが17年ぶりで帰国。うれしそうな野坂さんや徳田球一氏と歓談しました。一緒に帰った岩田義道氏の忘れ形見、ミサゴさんもほっとした面持ちです。
[5]ミス“東京”! 東京<時の話題> 00:28
東京、5千名のダンサーからミス東京を選ぶ審査会が、17日、日比谷公会堂で行なわれ、審査員のお眼鏡にかなった今年20歳の真鍋榮子さんがミス東京の栄冠を獲得。代議士顔負けの当選御礼の挨拶回りをしました。
[6]はだか“デモ” 秋田<時の話題> 00:20
丸裸に白鉢巻き、ざぶっと水を浴びて、さて雪の中を裸のデモ。01月16日行なわれた秋田県本荘町の裸まつりですが、竹の子生活で裸になった人々には少し皮肉です。
[7]“極楽浄土”? 大阪<時の話題> 00:25
大阪のさるお寺では、この世の極楽浄土はまずダンスからと、本堂で娘さんたちが鮮やかなステップ。木魚にかわるジャズの音に仏様も照れています。
[8]学生スキー大会 小樽<時の話題> 00:26
第17回全国学生スキー大会は、19日、小樽潮見台でジャンプ競技を挙行、小樽経専の渡部、法政の高野、慶応の眞島など、猛吹雪をついてしのぎをけずり、ついに小樽経専の渡部選手が42メートル38を飛んで優勝しました。
[9]二·一ゼネスト迫る 02:18
<全官公労働者代表>
「われら260万の全官公労働者は、2月01日午前零時を期して全国一斉にゼネストに突入し、断固として闘うことを宣言する」
全官公庁260万の労働者は、18日ついに2月01日より大ゼネストに突入することを宣言しました。このストに参加する全日本医療組合では、21日、看護婦さんまで出動して議会にデモ。逓信従業員は靴磨きまでして闘争資金の獲得に活躍しています。30万の学校の先生たちも、放課后資金稼ぎに靴下や手袋編み。しかし、ゼネストまでは最后まで職場を守り抜こうと、中央郵便局では全員発送する郵便物と死に物狂いに闘っています。真夜中、中央電話局では若い交換手たちが寒さに震えながら頑張っています。午前2時、鉄道機関区では12時間交替の労働者が、いてつく夜空にきょうの列車を動かし始めました。こうして刻々に近づくゼネストを前にして政府は22日ついに妥協案を発表。
<石橋蔵相>
「給与の支払いの期限の問題とか、あるいは所得税の問題とか、そういうものは今后に残されている問題だから。けれども、第一のだね、給与の暫定処置についてはこれが最后の問題だ」
<労働者側>
「500円の枠にしろ、枠をはずせとか、あるいは勤労所得税の問題、これはわれわれはもう全面的撤廃を要求しているのであって」
<石橋蔵相>
「それは僕は…」
労働者側はあくまでこれを不満としており、前途はいよいよ予測を許さないものがあります。