变りゆく世の中、台湾、私には何かしら危いやうな、淋しいやうな、そして赖り无く本省人としての我々の行末があはれなものになってしまひさうでならない。
私はつくづく战后の还祖国感に对して、今更悲しくなってしまふ。
人生に在る生き甲斐の无き事を思ふ。
物似の高い事、何时になったら安くなるのやら。
我等に高月给が下るのは有难いが、それよりか……と思ふ。
01月そう大した社会奉仕もそこそこに自分乍ら动いて、いただゐた金をみる时はさすがにうれしく感谢の感に打たれる。
ああ私は幸福だとただ感谢のみ。
街头に盛场【1】にきたなき身すぼらしき贫者の三食を、金をともらい集めている本省同胞を目击すると、たまらない哀れさにかられる。
战时の恶性インフレーは人の心を暗くする。
この世に生を受けて生けるからには食せずんば如何にして生きよう。
台湾现状に对する人生观の嫌厌者なら、思いきり死の道を选んだ人もあるんぢやないかと思ふ
(三十五、十一、二十)
变幻莫测的社会,在现在的台湾,觉得危险、凄凉、而且又无助的我们本省人的前途好像会变得很可怜。
回想起战后初期回归祖国的感觉更是悲哀。
觉得我们缺少人生应有的生存的目标与价值。
物价如此的高涨,何时才会降下来呢?
给我们高薪令人感谢,但有时觉得不如……。
一个月来我们也做了我们该做的社会贡献,领到薪水时既高兴且也是感激不已。
觉得自己很幸福而唯有感谢之念。
在街头或在沙卡里巴,目睹衣衫褴褛,在乞讨三餐或金钱的本省同胞,只感到无限的悲哀。
战争时期的恶性通膨会使百姓意气消沉。
生在此世,如吃饭都成问题,该如何活下去呢?
对台湾的现状,如抱着比较悲观厌世的人生观的人,或许会选择不如一死吧。
(三十五、十一、二十)
【注】
【1】盛场:さかりば,原意为闹市或人潮聚集之处,在台南则专指位于中西区中正路、友爱街、海安路一带的小吃群聚地“沙卡里巴”。
日治时期属于“田町”(たまち)的海埔新生市街,当地原为沼泽与塭地,后经填土整地规划而成棋盘式市街,吸引西门町的卖店与人潮往此处扩展,沙卡里巴即为贩售各式小吃的市集,其荣景一直持续至战后。
然而在历经数次大火,特别是1990年延烧至友爱街的严重火灾后,许多摊商被迫迁往他处重新营业。
现今小吃摊则主要集中在保安路、“沙卡里巴”(康乐市场)和国华街三段的“大菜市”(西门市场)一带。
(苏峰楠,《行走的台南史》,台北:前卫出版社,2020,页24-25;
台南市市场处,“沙卡里巴公有零售市场”,2020.3.20阅览,http://tnma.tainan.gov.tw/Market.aspx?Cond=caae3a3c-b25c-44dd-acda-858245a8197b)