01月11日(金)
晴
下大雪、东北の山野は真白だ。
皆と一しょに鹿岛台【1】で下りる。
ぞろぞろ下りる我们台湾人、都是没有票片、なさけなさうに见てポカンと立てる驿员、台湾人的天下、こな雪の中を二乡へ、五、六轩きいたが仲々うってくれぬ。
遂にブローカの樱井といふ家により、话きまり、上って轰沈、南乡村【2】の人たちは割合亲切だ。
夕方白米を三人で二斗づゝ1900圆でかふ。
おにぎりをいたゞき、リヤカーについで行く。
夕方の冷く、つるつるに冻った驿近くでは、あっちからもこっちからも台湾人が牛车などに米のはいったリュックをついで来て、そして、线路を越えて、直ちにそれをホームに持ちこんだ。
台湾人的天下、まことに梦の如き现实の姿ではある。
かつて二高生たりしとき、此の南乡村に来たときにながめた旭山、【3】鸣濑川【4】はやはりそのまゝなれど、この美はしくも清けき陆奥の山河にも败战日本の波は荒い。
彼の日若き日の梦こめて名残り惜しき别れをつげし此の村、此の日白米を持って、しかも中华民国民としての持[特]权を发挥しつゝ此の村を访づれんとは!
无量の感慨なきを得ない。
车中の台湾人の赈かなこと、
仙台驿で五时间も待たされた、寒い寒い夜だった、わら等をホームでもやしたが何と寒いことよ、つくづく米买は止ようと思ふ程であった。
M.P.と话した、国军の代表が私服で一人来て居て、いざこざがあった。
一辆贷切をつないでもらったが台湾人の横暴なこと。
早速犬をなぐって居た。
特权の恶用と化した。
今この大众の力をとめる力组织を我々は持たないのは残念である。
五十一年の植民地で低下した素质を思ふ。
车中は寒くて仲々ねられなかった。
わづか二斗の米でわざわざ东京まで往复するのは、つまらないので老陈を仙台でかへした。
朝
昼
夜
おにぎり2ヶ
二乡1
干柿
シル
イカ二匹
オシンコ、ゴボウ
おにぎり2ヶ
二乡1
やさいシル
10.00
10.00
20.00
1711.67
1500.00
211.67
01月11日(五)
晴
下大雪、东北的山野一片雪白。
与大家一起在鹿岛台下车。
陆续下车的我们台湾人,都没有票,呆呆看着的站员看来真可怜,台湾人的天下。
小雪之中前往二乡,问了五、六家都不愿卖米给我们。
到了仲介人樱井家,终于同意,便上去睡觉,南乡村的人比较亲切。
傍晚卖白米给三人各二斗共一千九百圆。
也给我们饭团,搬上手推车去。
傍晚很冷,结冻湿滑的车站附近,到处都是台湾人用牛车载米,或是装进包袱,然后越过铁道,直接搬上月台。
台湾人的天下,有如作梦一般却又是眼前的现实。
我还是二高生时,来到这南乡村所看到的旭山、鸣濑川依旧,这美丽清新的陆奥山河也卷入了败战日本的激流之中。
彼时曾怀念着年轻岁月的梦想而依依不舍告别的这个村落,今日我却是带著白米,发挥着中华民国国民的特权回到这里!
感慨万千。
车上的台湾人如此热闹
在仙台站等了五小时,是个好冷的夜晚,我们在月台上烧了稻草,还是好冷,甚至都想不要再继续买米了。
和宪兵聊天,国军代表一个人穿便服来,起了争执。
都已经给我们一辆专用车,台湾人还是很蛮横,甚至开始打日本人,滥用起了特权。
很可惜我们目前没有能制衡大众力量的组织。
深感五十一年殖民地素质之低下。
车上冷得睡不着。
老陈说只为了二斗米特别从东京跑来再回去,真不划算,就让他留在仙台。
早
午
晚
饭团2个
二乡1
柿干
汤
花枝二只
腌菜、牛蒡
饭团2个
二乡1
蔬菜汤
10.00
10.00
20.00
1711.67
1500.00
211.67
【注】
【1】鹿岛台:かしまだい,位于日本宫城县中部的志田郡的旧町名(鹿岛台町),位于现今大崎市东南方的区域。
(JapanKnowledge,《日本大百科全书(ニッポニカ)》,鹿岛台,2019.8.1阅览,http://japanknowledge.com)
【2】南乡村:日本宫城县乡镇名,1889年设南乡村,1954年升格为南乡町,二〇〇六年与邻近的小牛田町合并后,改称“美里町”。
【3】旭山:位于宫城县石卷市仙北平原南部,标高一七四公尺,1940年被指定为自然公园。
【4】鸣濑川:流经宫城县中央的河川。
发源自山形县境内的船形山北麓,往东流入松岛市的石卷湾,总长八十九公里。