07月25日(水)
晴
up.7.00
信一ちゃんの实母が来て居て居るので、弟たち、妹たち大ぜい。
刘さんは筑馆へ两人を迎へに、小生は庭の畠できうりのつるのからむ竹をたてたり、草むしりをしたりした。
今日[年?
]はつゆが一ヶ月おくれて、从って暑さも一ヶ月おくれて居るやうであって、もう土用【1】もすぎたのに凉しい。
稻もさっぱり成长せず、すきまがはっきり见すかせる位。
もう例年ならもう、穗の出る准备をして居るのに。
おひる二人来る。
午后田圃へ出て、裸で田圃の除草をする。
竹男さんといろいろ话しする。
昔はひどい时代もあった。
本[米]が全然とれないときには豆をまぜたり、芋を入れたりして食ったことも勿论あった。
しかしともかくも腹一杯だけは食べた。
今日のやうなひどいことはなかった。
近顷は腹がへってとてもひどくて、朝ははらがへって草が刈れぬ。
夕方までかヾんで除草をしだが、大してしょっぽくもなかった。
大部阳烧けした。
夕方风吕には入る。
クワの实をとって、栗坊に背中をもんでもらふ。
夜も美しい月。
五人で散步。
ホタルがとんで居た。
何だか气持ちの上でギャップを感ずるので、刘さんの话によって分析しつゝ整理して见た。
大体、俺达が此处に来た目的は三つある。
而して此の三つは我々が饱くまであらゆる苦难を乘り越えて、相共に顽张っていくことを前提として。
その第一は、直接の【危】机をさけるため。
此れは东北のこの志波姫村の地といふ特殊性はあるものの、普遍的な问题であり、饱くまで意志によってさけたき问题である。
此の问题は前途のことは予想がつかない。
然も村の人々、就中伊藤さんの大なる理解をすることが必要。
この点に关しては、伊藤さんは我々の罹灾を心から同情下され、また、危险な东京へ行くよりは田舍に居なさいよととめる气持ち。
おぢんちゃん达の考へが、单纯なるが故に大して问题にならぬと思ふ。
第二は食粮と住居の问题。
食粮は相当に危险だ。
特に麦恶く、米恶く、じゃが芋もよくないとあっては。
しかしこゝにすむと决まれば、转出证明をもってくるから、最少限の配给はもらへるし、其の上生产地だけに、野菜も多く、饿死(东京での)だけは完璧にまぬがれる。
更に工夫、努力によって、畠に植えるものを增し、今后の天候によっては米もとれて、先づ心配はないと思ふ。
住居は菅野さんの家が、相当荷物を疏开して居て、きうくつだが、おぢいさんは中目よりのことづけで、我々に同情され、我々の依赖を快く引きうけられ、建物をなほすことを积极的に考へて居られる。
この住と食の问题は确かに伊藤さんに迷惑をかけることなので、现在は伊藤さんは好意で相当无理なさるが、かうでは永く生活するとなっては续かないし、都合も恶いことである。
お互に无理の行かないやう、何かあれば、小生に云って戴きたいことをおぢんちゃんに念を押して云ふ。
特に费用の点では、我々も大に负担したき积りである。
第三は、我々とおぢんちゃんたちとの精神生活の面である。
これは第一にも关联がある。
我々はおぢんちゃんたちを气の毒だと思ふ。
而して、我々の思ふ气持ちを云ふことは出来ない。
しかし、これは云はなくてよいだらう。
おぢんちゃん达の考へ方は单纯だし。
我々に好意をよせられて居る。
我々は进んで、よく手传へをすることによって报ゆるのが、最もよい、唯一の途だと思ふ。
永く散步した。
小生にとって女姓[性]と旅、生活を共にする【の】は初めての经济[经验?
]である。
もちろんその世界观に共鸣し、我々とあくまで进まんと云ふ人は何たるがを问ふものではない。
しかし、女姓[性]は一つの负担たることは否定出来ない。
女姓[性]と交はることによって、兴う感铭は大きく、高められるところまた少くない。
栗坊とはまだよくだべって居ない。
朝
白米むぎ少々
一・五合、
たまご、たまねぎ
しる(ジャガ、エンドウ)
昼
白米ムギ
一・五合、
しる(ジャガ、エンドウ、キャベツ)
ニンジン、ゴボウつけもの
夜
白米ムギ
一・五合
しる(ジャガ、エンドウ、キャベツ)
ニンジン、ゴボウつけもの、
タマゴ烧
07月25日(三)
晴
7:00起床
信一的亲生母亲也来了,他的弟妹好多。
刘兄到筑馆接两人,我在庭院里插竹子让黄瓜的藤蔓能够攀上,以及除草。
今年的梅雨晚了一个月,所以变热可能也要晚一个月,已经过了“土用日”还凉凉的。
稻子都长不起来,田间还清楚地看到空隙。
往年这个时候,稻子都准备要结穗了。
中午二人来了。
下午下田,脱下上衣在田间除草。
与竹男聊了很多。
以前也有很悲惨的时代。
当然,在实在没有米的时候,只好混着豆子、芋头来吃。
但大致还能吃饱。
倒不曾像现在这样悲惨。
最近常觉得肚子饿,早上也饿得无法除草。
弯腰除草除到傍晚,但并没有很劳累。
倒是被太阳晒伤了。
傍晚去澡堂洗澡。
采桑椹,栗坊帮我按摩背部。
今晚的月色也很美。
五人一起散步。
萤火虫飞舞着。
有好像在露营的感觉,我试着分析刘兄的话整理出结论。
大体而言,我们来这里的目的有三。
而这三个目的需要我们全力以赴克服所有困难,共同努力为前提。
第一是为了避开直接的危机。
虽然这是位在东北的志波姬村这个地方的特殊性,但也是普遍的问题,也是我们要尽力以意志去避开的问题。
这个问题无法预测未来。
但需要村里的人们,尤其是伊藤的充分理解。
关于这一点,伊藤衷心同情我们这些受灾户,以及为了避免危险,建议我们留在乡下不要去东京的心情。
叔叔们的想法都很单纯,所以我想不是大问题。
第二是粮食与居住的问题。
粮食状况相当危险。
尤其麦、米奇缺,马铃薯和芋头也不算乐观。
但既然决定要住在这里,也会带转出证明来,至少可得到最低限度的配给,加上这里是产地,青菜也多,完全可以避免饿死(在东京)。
如果再加强研究或努力,可以增加田里可种的作物,未来看天气也可以采收稻米,应该不用担心。
居住方面,已经将不少行李疏散到菅野家,虽然小了一点,中目已经帮我们向叔叔们打点好,因此对我们有所同情,慨然接受我们的请求,甚至积极考虑整修建筑物。
住与吃的问题的确会对伊藤家造成一些麻烦、现在伊藤先生对我们怀有好意,而相当勉强来收容我们,但是这样就很难持久,也不是很妥当。
我们彼此都不要太勉强,所以我就一再叮嘱叔叔,如果有什么事,就请直接告诉我。
尤其在费用方面,我们也愿意负担相当大的金额。
第三是我们和叔叔的精神生活方面。
这与第一点相关。
我们也觉得叔叔们值得同情。
但我们却难以言喻。
但我们不说也无所谓。
因为叔叔们的想法很单纯。
就这样对我们好。
我们只能更进一步,以尽量帮忙他们来回报,我想这是最好的,也是唯一的途径。
散步散了好远。
这是我第一次与女性一同旅行、生活的经验。
当然在世界观上有所共鸣,能与我们同行的人是谁自然无须多问。
但的确不能否认女性是一个负担。
与女性交往,所受到的感动很大,而因此使我们提升的地方也不少。
还没好好与栗坊谈。
早
少许白米与麦
一・五合
蛋、洋葱
汤(马铃薯、豌豆)
午
白米与麦
一・五合
汤(马铃薯、豌豆、高丽菜)
红萝卜、腌牛蒡
晚
白米与麦
一・五合
汤(马铃薯、豌豆、高丽菜)
红萝卜、腌牛蒡
厚煎蛋
【注】
【1】土用:旧历用词,指立春、立夏、立秋、立冬前18日之称。
一年中春夏秋冬各季节有木、火、土、金、水五行分配,各季结束有18日的土气,称为土用。
后只用来称作夏季的土用。
(ジャパンナレッジ(JapanKnowledge),《日本大百科全书(ニッポニカ)》,土用,2019.2.10阅览,http://japanknowledge.com)