徐清吉君が佳里油肥会社の代表者としては异议をはさむ所がないが、经营者としては不适な所が可なりある。
それで昨日、黄庚申君と广田朝一君と相谈した结果、左记の方针を取ることになった:
徐清吉──庶务
苏
新──会计
郭维藩──仓库
蔡
救──工务
即ち徐君は庶务だけの仕事をして、苏君は会计以外に会社を统理する。
尚、新ら[た]に来る筈の郭君は仓库を管理させ、蔡君は工务の心得をしたらいゝ。
今日は天气晴朗にして寒くもなかったので、夕方顷、将军に归って两亲の安否を伺ふことにした。
オートバイが故障してゐるので、自转车で行って来たが方々寄って来た。
先づ番子寮へ行って患者を见てから、沤汪に寄って叔父君と少谈した。
それから将军に归って母亲と色々语ってから、大道【公】塭へ行って父亲と会って来た。
归途には后港に寄って高柳夫人を慰问し、それから下营に至って徐清吉君を访ねた。
あの数日来の空袭下に、この古里の人々も自然も无事であったことは心强いことである。
徐清吉君做佳里油肥会社的代表者,我没有异议,但做为经营者,则不适任之处相当多。
因此昨日和黄庚申【1】君、广田朝一君商量结果,决定采取下列方针:
徐清吉──庶务
苏
新──会计
郭维藩──仓库
蔡
救──工务
也即是徐君只管庶务工作;
苏君则除了会计之外,统理整个公司;
即将新到任的郭君负责仓库之管理;
蔡君暂代工务。
今天天气晴朗,也不冷。
傍晚回将军看看双亲平安否,因机车故障,骑脚踏车跑了不少地方。
首先去番子寮【2】为患者看诊,到沤汪和叔父聊了一下,再回将军陪母亲谈谈话,然后到大道公塭看父亲。
归途经后港【3】慰问高柳夫人,再到下营的徐清吉家走走。
那几天来的空袭之下,看到故乡的亲友、自然景观都安然无事,放心不少。
【注】
【1】黄庚申:台南县佳里镇塭仔内人,台南商业学院毕业。
曾任佳里合作社监事、理事、佳里街协议会会员、台南县议会第一届议员。
【2】番子寮:位于佳里西北方,又称为北势山寮。
今分为漳州里(由番子寮、后港脚组成)与海澄里(由番子寮、北头洋、莱芉寮村落组成)。
此地昔为平埔族聚落。
【3】后港:今台南县七股乡后港村。
明郑时期,有一溪流经“水师寮”之西入海,形成港湾,大船港湾,大船可通,故在港湾之后聚成部落,故称“后港”。
过了此港,即称“过港”。