叶盛吉日记>19441128

11月28(火)
朝雨后晴
①五时半寮庭で打钟。
②今日は工员の月给日、本作业なし、昼食には珍しくもあんこもちが出る。
午后よりバレーの试合あり、职员に败れて残念ながら、ストームをやることが出来なかった。
夕方木村さんのお话あり。
③夜八木等にさそはれて源贞さんの家に行ったがまた门前拂ひされた。
これで三度目だ。
月は大分明るく满ちてまた。
◦今日中目と天皇政治とデモクラシーにつき语る。
人の言に就いて;
◦近顷彼の尊大と自负とだけしか眼にうつらない。
彼は俺の言叶尻をとらへて梦でも见て居るのだらうと冷笑すると俺は愤慨し、俺が马鹿なと云ふと彼はむっとする。
叶山とはなれようと思ふ决心はますます固い。
彼は非常によいところのある男であるが。
(11,25)。
◦叶山が人とだべるのは、自分の胸の脑[恼]みを打ち明けたい等と云ふやむにやまれぬ真情を以て人に话しかけるのではない。
ただ自分といふものを增大させて行かうと云ふ冷い、云はば功利的な心持で话すのである。
俺は彼の立场を非难するのではない。
ただ彼と同じ心の状态になれないだけである。
彼が友を求めるのは、ただ友が欲しいと云ふ人间的な望みから发して居るのではない。
彼は手段として友を必要とする。
从って、乐な气持で人とだべり、友を遇する。
手段は色々に变へることが出来るからである。
俺は人とだべりたい。
真の友を持ちたい。
◦叶山は岛国根性を持って居ない。
その点彼は捉はれない心を持つ。
彼は人がよくない。
然し普通ならば人がよくない场合に然る如く锐く阴险であるといふ事がない。
俺は人の好いのが残念だ(11,29)友の事ども;
铃木の余に对しいだける感情に对し余は只、彼が坊つちゃんであると思ふだけに过ぎない。
俺が友に对し自分の都合のよいときしかだべらないので一见功利的に见えるが、之は尝て友の阿多君の余に对して云ひし言叶なるが果て余は本质的に然りか。
何故にさう云ふ外观を呈せるや、余とて友は求める。
されど友は国境を超越し得るや、共に大理想を捧じて进みうるものこそ余の友である。
余と友に生活するものはよく余の批评をかく。
之は友の贺来君もさうだった。
之は余の环境によって生じた矛盾から来る余の生活の二重性に起因するのではなからうか。
并し余は今は以前に比すればずっと人はよくなったやうだが、もっとも最近斗争的になって人はだんだん恶くはなったが。
11月28(二)
晨雨后晴
①五时半在宿舍庭院敲钟。
②今天是工员的发薪日,没有正式作业,午餐难得地有红豆麻糬。
下午有排球赛,可惜输给了职员,无法弄个风暴庆祝了。
傍晚和木村谈话。
③晚上八木等人找我去源贞家,又吃了闭门羹。
这是第三次了。
月亮很亮,又到了满月时分。
◦今天与中目谈天皇政治与民主。
关于他人的话:
◦最近只看到他的尊大与自负。
他只会挑我的语病,说我在作梦而冷笑我使我愤慨。
我说哪儿有这等蠢事,他就气得扳起脸来。
我想要与叶山绝交的想法愈发强烈。
虽然他是个有非常大优点的人。
(11.25)。
◦叶山之所以找人聊天,并不是想要把他心中的烦恼向你告白,不是怀着禁也禁不住的真情来跟你搭话。
他想的只是要增大自己,也就是一种冷冰冰的、可说功利的心态来和你攀谈。
我不是批评他的立场。
只是无法与他同心。
他交朋友并不是发自人类初始的需要去交。
而是当作一种手段。
因此他可以轻松地与人交谈。
可以配合所遇到的朋友随时改变他的手段。
我想要与“人”聊天。
想要真心的朋友。
◦叶山并没有岛国的封闭性格。
因此他的心很难捉摸。
他不是个好人。
但也没有一般不好的人所具有的那种犀利或阴险。
我做人好,实在遗憾。
(11.29)关于朋友的事:关于铃木对我的情感,我想只因为他就是个少爷。
我只有自己方便的时候才去找朋友聊,的确看起来很功利。
这是我朋友阿多君曾经跟我讲过的,但这果然是我的本质吗。
为何外观给人这样的观感,我当然也想要朋友。
要能超越国界,抱持共同的大理想一同前进才是我的朋友。
我跟朋友们一起生活时也经常被批评。
贺来君对我也是一样。
那也许是起因于我的生活环境所具有的矛盾所构成我生活的双重性吧。
而且我应该已经比以前可亲很多了,只因为最近斗争心的加重而又渐渐变得不易亲近了。