吴新荣日记>19440823

昨日、保健指导医として受(け)持(ち)部落の保健委员に对する讲习会に赴いた。
保健のことだけは人并み以上に分ることだから、讲演は下手であっても自信があった。
昨日、金关丈夫博士から〈猿谈议[义]〉の原稿に对する礼状が来た。
何はさておき、こんな文化的方面に时间を持つことは乐しいことでもあり、又张り合ひがあることである。
台南の岳母が疏开命令を受けたので、今日家具と共に引き越して来た。
いよいよ战争が切实に迫って来たのである。
北九州に于いて白昼でさへ八十机の梯团で来袭してゐる。
防空上、防空壕が[を]是非とも完备せねばならないと思って、今度居间のすぐ窗前にもう一つ掘ることにした。
屋根があるので水がたまらないだけでも便利である。
夕方、徐清吉君と一绪に油肥工业会社の工场を见に行った。
もう二、三【日】で胡麻油の操业が开始される筈である。
どうやら事业らしくなったが、大道【公】塭と同样、二つながらどうせもうけ【から】ないこと受け合ひだ。
昨天,以保健指导医师身分,到我负责的部落参与保健委员讲习会。
保健一事,是我的专长,即使口才不好,也有相当自信。
昨天收到金关丈夫博士对我稿件〈猿谈义〉来信道谢。
让我感到对此文化方面的工作投入一些时间,是很快乐的一件事,也是很有意义的一件事。
台南的岳母因为接到疏散命令,今天连家具都搬过来了。
战争已真正地逐渐迫近身边。
在北九州,在白天甚至有八十架敌机分梯次来袭,觉得防空壕无论如何都要做得更完备坚牢才行。
遂决定居室窗下再挖一个,上面再加盖,让雨水不至于流入,才方便避难。
傍晚,和徐清吉君一起去看油肥工业会社的工场,再两三天应该就可以进行榨麻油作业了。
总算有一个事业的样子了,但是和大道公塭同样地,反正不会赚钱。