吴新荣日记>19440802

今月の奉公会街常会は午后二时公会堂で行われた。
州支部から参与宝容《台湾新报》南部支社长が推进に来た。
その战局谈に“日本は今年一杯、我慢すればいゝのだ。
近い将来に于いて大反攻すべく跃进的な大增产が行はれてゐる”と言明した。
されば欧洲に于いてトルコ政府が反枢轴侧に立【っ】ても痛痒を感じないし、东亚に于いてピブン首相が失脚しても别に心配する必要がないだらう。
常会が未だ终っていない中に、邻の徐添加夫人が产科に入院するから同伴して下れと云って来たので、中座してしまった。
それで患者を自动车で台南の破坐[座]间医院迄案内した后自分は一人で町をとぼとぼ步き出した。
新调した南方服の轻い身成りで、孔子庙、幸町、清水町、银座、大宫町、东町白金、明治町、花园町等と步き回し[っ]た。
最后に郭水潭君を访ね、それから黄奇珍兄を诱ふてから三和金物店の黄景云氏【を】访ねた。
そこでビールや虱目鱼等の御驰走を受けてから归った。
这个月的奉公会常会,下午两点在公会堂举行。
州支部的参与【1】宝容《台湾新报》南部支社长莅会宣导。
他在战局谈话中提道:“日本在今年中坚忍下去就没问题了。
为了不久的将来的大反攻,将进行大跃进大增产。”看来,欧洲方面,土耳其政府靠拢反轴心一边,是无关痛痒的;
在东亚方面,匹门首相【2】的下台也没什么担心的必要吧。
会开了一半,住隔壁的徐添加君来找我,其夫人要到妇产科入院,希望我能同行。
只好中途退席,用汽车载她到台南的破坐[座]间【3】医院。
安排好了之后,我独自到街上漫步,身上穿着新做的南方服觉得很轻松,走过孔子庙、幸町、清水町、银座、大宫町、东町白金、明治町、花园町等,最后走到郭水潭家,之后邀黄奇珍兄一起到三和五金店看黄景云氏,受到他用啤酒和虱目鱼的招待后,就回家了。

【注】
【1】参与:日语。
行政事务官。
【2】匹门首相:LuangPibulSonggram(1897-1964),泰国军人政治家。
1938年任首相,同年改国名“暹罗”为泰国。
【3】破座间:日人姓氏,念はざま。
医学博士。
据称此人出身冲绳。