吴新荣日记>19440622

四男の名前を今の所“夏雄”に[と]付けようかと思っている。
第一に、夏季に生れたからである。
第二に、夏は伟大の意味である。
第三に、夏は阳に通じ从って南に通ずる。
第四に、夏は华夏の夏である。
第五に、夏は夏官の夏である。
とにかく子良庙の林泮先生と相谈して决定しよう。
昨夜迟くまで林芙美子の《日记》を读んだ。
同氏の作としては初めてであるが、差程伟いとは思はなかった。
この睡眠不足の朝ぱらから公会堂で佳里街第二回协议会に出席した。
その时に徐清吉君から油肥会社の经营方针を大体きいた。
养兔场や加工场の新筑を差控へて、现在の建物を极度に利用するとのことである。
自分の事业としては大道【公】塭とこの油肥会社の二つに集中してゐる。
前者は大体顺调で积极的に投资してもいゝと思ふ。
然し后者は战争の进行に依って左右されるから结局消极的にならざるを得ない。
为四男命名,想到的名字是“夏雄”。
第一、因为在夏季出生的。
第二、夏有伟大的意义在。
第三、夏是阳,通南。
第四、夏是华夏之夏。
第五、夏是夏官之夏。
总之,和子良庙的林泮先生商量之后,再作决定。
昨夜,到很晚把林芙美子【1】的《日记》读完,这是我第一次读此位作家的作品,并不觉得有想像中那么好。
睡眠不足的今晨一大早,就到公会堂开佳里街第二次协议会。
那时听徐清吉君告诉我,油肥会社的经营方针。
养兔场和加工场的新建筑暂时先搁下,而以现成建物做充分利用。
我个人的事业,集中在大道公塭和油肥会社。
前者经营顺利,我想可以再积极地投资,而后者则容易受战争的左右,只好消极性地让它存在。

【注】
【1】林芙美子(1903-1951):本名林フミコ。
日本山口县下关市人,小说家。
15岁考进广岛县尾道市立高等女学校,开始热爱文学。
天性自由放浪的她,在学校毕业后即前往东京,换过许多的工作。
1929年出版的处女作《放浪记》就是根据她将黑暗的生活经验所写成日记的自传小说。
因而以新人作家奠定了她在日本文坛的地位。