叶盛吉日记>19431217

12月17日(金)
快晴。
今日は慰劳休暇である。
それでも朝……ばから藁束を纳屋にはこんだ。
后此の家にある……の……典天国篇を一寸见る。
难しくてわからない。
……よいところに机を出して贺来君や沈君に八……今度……うんと感想日志が书けるだらうと其……た。
后昙で急に寒さをおぼゆ。
①午后一时役场にあ……志波姫村会议室に行く。
途中の道はひどいぬかるみだった。
役场附近は志波姫村で一番赈华なことろであるそうだが大したことはない。
南乡村の中心部の方がずっと设备よし。
それでも此处は代表的模范村ださうである。
思ふに南乡の充实は素封家、野田氏のあるのによるのであらう。
役场の近くには村长铃木さんの大きな家が见える。
志波姫村は家がまばらだ。
南乡のやうにかたまっては居ない。
仕事も朝ゆっくりとりかゝ……夕方も早く仕上げる。
それに二高生ははじめてなの……重するせいが、皆仕事は割合乐だと云ふ……每日新闻の记者が写真をとるからと……に赖まれて、俵をかついだ。
重たかったが◇にのって嬉しかった。
それから新闻记者の奴、皆に色々质问をかけるが、ありさうもないことをねっ造するので皆でからかった。
2时すぎ野口校长がバスで来られたので村长はじめ各学校长、农家代表、二高代表が集って恳谈会が行はれた。
先づほめたりほめられたりの挨拶が长たらしく续いた。
村长はがうまんの感あり。
筑馆中学校长の话は感がよかった。
最初なるが故に我々をほめたり珍重したりしないで我々に对する气持……变へないでもらひたい。
それから、农家のやるく七事……马……多い。
また我々は增产とか米の供出の早……ことを期して来たのであって、我々が来ることによって……の人々……それだけ乐になるといふ理由からて……家では每年人を佣って仕事をさせてゐて自分で……仕事をしないらしく、近年征用で人がやとへなく、结局我々は动き人の代りをつとめたわけだ。
心外なり。
二高の野口校长はよい先生だと思ふ。
全く今は默々として人の云ふこと、人の动せいを见つめてゐるといふ形だ。
村の人々の挨拶のことばを锐[铅]笔で一々要点をとって居た。
优待の柿が出る。
挨拶が终って干杯をやり、煮しめとお汁をいただき。
つづいて余兴には入り、村の者がやったり、二高生がやったりした。
和泉さんどぢようすくひ、その他、デカンショ节【1】等、我々の元气一杯のところを见せて年寄……を感激せしめた。
次いで番外として校长や……やら添田大佐、国分大尉があてられた。
……尾さん来たる。
(グライダ、修ぜんの领收证着、协会よりグライダー、购入の件)各部落每に、恳话慰劳会をやるため早くきり上げて五时顷终了した。
归る途中自转车にのった石森さんに出会った。
②暗くなって归りつき、おぢんちゃんと暗やみのぬかるみの道をつたって、もとの新田区长、横峰【2】の曾根の家に行く。
此こでこの新田区にきた一寮生十二名に请入主が集って慰劳会をやるのである。
六时近くなのでもう始まって余兴をやって居た。
お膳[膳]がずらりと并んで居た。
真……乳のやうな酒が出る。
のどが干いて居るので……杯ものんだ。
二年生、阿部、山本、安达、大友、田中さん……めから歌ったりで快适であった。
一年は……广岛、大冢、堀、畠山、八木、上西といふ……もひ。
それに五寮の片平が来て居た。
最后の自己绍介は愉快であり、おいしい御饭をご驰走になり、久し振りでうまい米を食った。
大いに快适にあばれて九时顷终へ、皆で广岛に记念の写真をとってもらひ、それから此の家の战没勇士の灵に线香を上げ、皆でこたつには入って一寸たべり、提灯さして、真暗の道を归った。
星が少しまたゝいてゐた。
かへるとおばんちゃんは盛んにおぢんちゃんに今日のもて……の内容をきいてゐたので一寸兴ざめがした。
…に堀と语る。
我々は农家の人々の我々に对する珍重と……を辞退せずにそのまゝ受くるべきなりと。
农家は一见单纯に……复杂なり。
物を物质视し、而もかたいところ……。
ねて故乡にかえった梦を见てなつかし【い】。
归台して家によらずに先づ盐水のホテルの家の前で勤劳奉仕草刈などを二高友达やら大学生とやっと居る、二阶の窗から、花子の颜を出して俺をよぶ。
は入ると先づ梅子其の他二、三人の人に会ふたがその颜ははっきりしない。
それで家の中には入ると君礼【3】兄と君礼嫂とが居て、料理、天ぷら等をこしらへて居た。
そして别れてからもう少しで二年になる等云ひ会ひ。
その后の新营の家の样子をきいたり、父があまり盐水に来なかったり等の样子をきいた。
そして昼御饭にしようとしたとき、それを断って忙しいから今から早……の……参りに行くから准备をして吴れと赖む。
そして……第一战にたつかわからないから、墓参りに归って……いふ。
内地归りの船は危险だらうと云ったの……へてやる。
气がつくと俺と同年辈の女の子は嫁に行ったか姿が见えない。
そして、甥の嫁か见驯れない若い女が一人目につく。
さて、切角きたのにといふので君信【4】兄のところ……挨拶に行かうと思って居ると、大きな声で君信嫂を呼ぶと室の中はしめきって居る。
かすかにうめく声がしたので见ると骨となって横たって居り、腰のところががまの骨に似て、头は长く何か牛の骨に似て、それでもかすかに动いで居て、挨拶や身体を大切にしなさいと云ふとうなづく。
气味が恶いので早々に出て君礼嫂にきくとあれは一种の病气でもうぢきなほる……ふ。
ここら边で小便の为さめた。
とたんに之は先日出した……の返事が寮に来て居るのではないかと思ったので。
この梦のヒントは面白いから研究しよう。
12月17日(五)
晴朗。
今天是慰劳假。
但还是从早上起……把稻束搬到仓库。
然后就待在这个家里。
翻阅一下……典天国篇。
很难,看不懂。
……正好在此时搬出桌子与贺来君和沈君……这次……应该可以好好地写感想日志……后来转阴且急速变冷。
①下午一时到役场内的志波姫村会议室去。
途中路上非常泥泞。
听说役场(乡公所)附近是志波姫村最热闹的地方,看来却觉得没什么。
南乡村的市中心设备好多了。
但听说这里是这一带代表性的模范村。
想来,南乡的繁荣是因为有野田氏这个素封家(富翁、有钱人)所致。
役场附近可以看到村长铃木家的大宅邸。
志波姫村连住家都很稀疏。
不像南乡那样集中。
工作也是早上起来慢慢做……傍晚早早收工。
而且二高生大多是第一次……太重视,大家都说觉得很轻松……因为《每日新闻》记者要来拍照,我受大家请求扛起大包米。
虽然很重但因有刊登出来大家都很高兴。
然后新闻记者问大家很多问题,却凭空捏造许多内容,受到大家的嘲笑。
二时过后,野口校长搭巴士来,与村长、各校校长、农家代表、二高代表召开恳谈会。
充满互相夸赞的寒暄持续了好久。
村长感觉很高傲。
筑馆中学校长的谈吐令人感觉舒服。
虽然是第一次,但不需要对我们说那么多溢美之词,只希望对我们的态度……不要改变。
然后,做农家需要的七件事……马……很多。
且希望我们增产和加快稻米供应速度……,因为我们来帮忙……这里的人们……能够轻松一些这个理由……这里的农家就每年请人来帮忙,自己……似乎就不用做事。
近年因为征兵,能来帮忙农事的人越来越少,结果就找我们来帮忙。
真是意外。
我觉得二高野口校长是个好校长。
他一直是默默听着他人的话,观察他人的动静。
用铅笔一一记下村人发言的要点。
然后拿出柿子招待。
致词结束后干杯,还有炖菜和汤。
接着是余兴节目,有村人的表演,也有二高生表演。
和泉表演捞泥鳅,其他还有舞蹈民谣(デカンショ节)等,长辈们看到我们活力四射的样子……都很感动。
接下来特别表演是校长……还有添田上校、国分上尉等上台。
……〇尾来了。
(滑翔机修理收据寄达,协会购入滑翔机事宜),为了在每个村落都举行恳谈慰劳会而提早结束,五时左右散会。
回家途中遇到骑脚踏车的石森。
②天暗了要回家时,与伯父走在昏暗而泥泞的路上,到前新田区长,横峰的曾根家去。
新田区有雇主为一舍学生十二名举办慰劳会。
快六时了,余兴节目已经开始。
也摆上了许多菜肴。
真……有像牛奶一样的酒。
因为口很渴,……喝了……杯。
二年级生、阿部、山本、安达、大友、田中等……还唱着歌,真是痛快。
一年级生……广岛、大冢、堀、畠山、八木、上西等……。
还有五舍的片平也来了。
最后大家自我介绍很愉快,也吃了好吃的东西,很久没吃到好吃的米饭。
宾主尽欢之下九时左右结束,大家向广岛拿纪念照,然后在此向阵亡勇士英灵上香,然后再到暖炉边吃了一点,再拿起灯笼,走上昏暗的夜路回家。
星星闪烁着。
回去后伯母一直说伯父今天……听到这些内容令我感到有些扫兴。
…与堀同学这么说。
我们对农家的人们对我们的照顾……应该欣然接受而不要推辞。
农家看似单纯……其实很复杂。
很重物质,有时也难以妥协……。
梦见回到故乡,好怀念。
回台湾后没有回家,先到盐水的饭店前做劳动服务,帮忙割草,有二高的朋友,也有大学生,花子探出头来从二楼窗户叫我。
进去后见到梅子和其他二、三人,但他们的脸庞模糊。
然后遇到君礼兄与君礼嫂,为我准备了菜肴、炸物等。
然后说已经快两年不见了。
接下来问他们新营老家的状况,也得知父亲不太来盐水等。
然后要吃午餐的时候,他们说接下来很忙,就拒绝了,要我早点回去……接着我说要去扫墓,拜托他们准备一下。
并且说……因不知道会不会被派到第一线(最前线)所以才回来扫墓。
他们说回内地的船很危险……。
想起来才发现和我同年的女生是不是都出嫁了,都没看到她们。
接着又看到一个不认识的年轻女子,似乎是表兄弟的妻子。
既然难得来了,所以要去君信兄那里打个招呼,大声叫君信嫂,他们家似乎锁着。
听到微弱的呻吟声,一看,他们已经变成白骨躺在那里。
腰部像蟾蜍骨,头很长像牛骨,却还微微地动着,跟他们寒暄,说着注意身体,还会点头。
因为很恐怖就赶快离开。
问了君礼嫂说是一种病,快要治好了。
梦到这里为了要小便就醒来了。
这一下突然想到,之前寄回家的信,回信似乎已经寄到宿舍来了。
这个梦的暗示似乎很有趣,想研究一下。

【注】
【1】デカンショ节:日本明治末年到大正年间在学生(特别是高等学校)之间所流行的曲调,兵库县篠山市附近的盂兰盆会舞蹈歌曲变化而成,由东京高等师范学校教授亘理章三郎传授给第一高等学校的住宿生之后,便在全日本的学生之间和花柳界流行。
歌名デカンショ据说来自“出稼ぎしよう(离乡去工作赚钱吧)”;
另有一说是取自当时学生所崇拜的哲学家デカルト(Descartes,笛卡儿1596-1650)、カント(kant,康特)、ショ‒ペンハウアー(Schopenhauer,叔本华)等三人姓名的首字而来。
(ジャパンナレッジ(JapanKnowledge),《デジタル大辞泉》,デカンショ节,2017.10.15阅览,http://japanknowledge.com
ジャパンナレッジ(JapanKnowledge),《日本国语大辞典》,でかんしょ‒ぶし,2017.10.19阅览,http://japanknowledge.com
【2】横峰:宫城县栗原市志波姫八樟横峰。
【3】君礼:叶君礼,台南盐水人。
本年生活笔记,记主曾写信给住在盐水街盐水八五五的叶君礼与叶君信一家。
(参见《叶盛吉日记(三)》,页502-503)
【4】君信:叶君信,台南盐水人。
(参见《叶盛吉日记(三)》,页502-503)