昨晚、妻が语るには南瑶宫をお参りしてよかった。
と云ふのは、彼女の生れは台南市の妈祖宫境内であった。
丁度、妈祖生诞の朝、庙の前で芝居をやってゐる时に、彼女は呱々の声を举げたとのことだ。
而して彼女の父はこの子の将来を非常に嘱望してゐたとのことだ。
これが又因缘话になるが、妈祖婆の相手神は例の大道公であった。
大道公は吴姓である上に医者であった。
而も妈祖婆の姓は妻の林姓であって见れば尚更この奇缘を赞へなければならない。
今日は是非とも台北迄来ら[行か]ねばならないと云ふので、午前十时の汽车で彰化を发った。
李君晰君も同伴だったので、途中台中に[で]下车し、张星建君を访ねた。
“つばめ”で昼食を摄った后、彼等と别れて公园へ行ってぶらぶらした。
そこで记念摄影をしてから、伡で杨贵君を首阳花园に访ね、林衡权君を兴南支局に访ねた。
これで台中での用事も济んだので、午后三时の汽车で发つ[って]台北に向った。
酷暑の车内五时间もぶっ续けたが、荣梁との乐しき语ひで知らない内に过ぎ去った。
台北では王井泉君と郑国津君が出迎へに来られたが、黄百禄君の绍介もあるので直ちに新北投に赴き、新泉阁に投宿した。
昨晚,妻告诉我,到南瑶宫参拜使她很高兴,因为她是在台南市妈祖宫境内出生的。
妈祖生日当天早上,在庙前演歌仔戏时,她就呱呱坠地了。
她的父亲就此对这个孩子的将来寄以重望。
我想起另一个巧合的因缘:妈祖婆的对象神就是大道公。
大道公是吴姓,又是医生,而妈祖婆姓林,和妻同姓,这种奇缘真可赞美。
今天一定得赶到台北才行,坐上午十点的火车从彰化北上。
李君晰君也同伴而行,在台中下车,拜访张星建君。
在“燕”吃了午餐,和他们道别后,到公园去走走。
拍摄纪念照之后,坐人力车到首阳花园拜访杨贵【1】君,又到兴南支局拜访林衡权君。
在台中没事了,坐下午三点的火车上台北。
在闷热的车内的五个小时,和荣梁愉快的谈话中不知不觉地度过了。
在台北,王井泉君和郑国津【2】君来接我们,因黄百禄君的介绍,立即到新北投去,投宿于新泉阁。
【注】
【1】杨贵(1905-1985):笔名杨逵,台南县新化镇人。
著名作家。
【2】郑国津(1910-?
):台南县佳里镇人,公学校高等科毕,曾任台北州肥料试验所产业技手。
“台湾文艺联盟佳里支部”同仁。
新诗作品有〈不安的星座〉等。