白柚吟社生る
。
晚、五藤勇郡守の招きに依ってその官舍を访ねた。
同伴者は王登山、王碧蕉、林精镠、林金茎四君であった。
郡部からも主任级が三、四人集ったが、目的は俳句会をやるとのことである。
先づ郡守が吟社组织の必要と俳句の概念を约二十分说いた。
それから私の提议に依り、この俳句会を“白柚吟社”と名付け、每月の第一第三土曜日に集合することになった。
それで次回の悬题として“白柚の花”、“入学”、“若草”の三题を出した所、自分は归ってから生まれて始めて次の如き句を发した。
白柚の花
白柚の花
庭垣越えて
盗み嗅ぐ
馥郁に
あやしみ见れば
白柚の花
白柚の花
去年の思ひ出
只悲し
入学
この姿
亡母に见せたや
入学日
それで俳号を“无觉”と付けたが、これはけだし古号“梦鹤”から转音したものである。
思へば自分も多くの雅号を持ってゐたものだ。
籚溪
これは将军溪から得たものである。
梦鹤
籚溪に因んだ字である。
震瀛
新荣から转音したものである。
史民
历史的使命を有する人民である。
兆行
四・二六の时に考へ出したものである。
世山
これは余り使用しない。
琑琅山房主人
最近の号である。
无觉
いよいよ禅味が入ったと云ってよい。
风流もいゝが、子供の心配もしなければならない。
先日来续いて南星、南河、南图が热发[发热]した。
今は只南图だけ寝てゐるが、他は皆愈ったのは何よりだ。
白柚吟社成立
。
晚上,五藤勇郡守【1】约见,到官舍登门拜访,同伴者是王登山、王碧蕉、林精镠、林金茎【2】四位。
郡部有主任级官员三、四位与会。
目的是要成立俳句【3】会,首先郡守谈了二十分吟社组织的必要和俳句的概念。
之后我提议将俳句会命名为“白柚吟社”,决定每个月的第一、第三星期六集合。
下次聚会的悬题是“白柚花”、“入学”、“嫩草”三题。
我回家后生平第一次写下的俳句,如下:
白柚花
白柚正开花,枝桠横发越庭墙,行人偷嗅香
。
四处漫郁馥,心中讶异回头处,白柚正开花
。
白柚正开花,回忆去年人事非,只有徒伤悲
。
入学
穿上学生服,想让先母作检视,入学的日子
。
作者俳号名为“无觉”,是由以前的号“梦鹤”转音而来。
想一想,我自己已有许多雅号如下:
籚溪
这是由将军溪得来的号。
梦鹤
与籚溪相关的字。
震瀛
由新荣转音而来。
史民
意味有历史使命的人。
兆行
四‧二六【4】时中想出来的。
世山
很少使用。
琑琅山房主人
是最近的号。
无觉
可说渐入禅味了。
风流雅事固然不错,但也不能不担心小孩的事。
几天来,南星、南河、南图相继发烧。
现在只有南图躺着,其他都已痊愈,比任何事都令人心喜。
【注】
【1】郡守:此指北门郡之首长。
管辖佳里、西港、学甲、北门、将军、七股六街庄。
【2】林金茎(1923-2004):台南县佳里镇子良庙人。
国学家林泮之哲嗣,林芳年之幼弟。
日本亚细亚大学法学博士。
1952年外交官领事官考试及格。
任职驻日大使馆多年,1993年任我国驻日代表,1996年任亚东关系协会会长。
著有《第二次世界大战后之中日关系》、《战后中日关系与国际法》等。
【3】俳句:日本之传统诗歌。
每句共17音,断句为五、七、五音。
本日记之俳句翻译,力求附合五、七、五之形式。
【4】四‧二六:此处恐系“四‧一六”之误。
按1929年4月16日,日本政府全国性的大量检举日本共产党员,是谓“四‧一六事件”。
当时吴新荣因担任台湾青年会委员,被拘留19天。
前此日记全被没收。