1942年(昭和17年)11月17日
[1]御名代台臨 日婦初の総会 02:25
大日本婦人会創立后、初の通常総会は、11月11日、青山憲法記念館にかしこくも皇后陛下御名代、東伏見宮故依仁親王妃殿下をはじめ奉り、総裁、東久邇宮妃殿下並びに名誉会員にあらせられる各宮妃殿下の台臨(たいりん)を仰ぎ、盛大に挙行されました。
山内会長、厳粛に開会を宣す。
<山内会長>
「これより大日本婦人会、第1回の総会を開会いたします。」
次いで同会長より、軍人援護、貯蓄奨励に関する団体、並びに個人の総代、小林ます女に対し表彰状を授与。
午后2時40分。御名代の宮殿下、会場に台臨(たいりん)あらせられ、優渥(ゆうあく)なる令旨を給えば、総裁の宮殿下には謹んで奉答文を御朗読あそばされました。
2000万日婦会員代表粛然襟を正して感激にむせぶ。
東條首相立って、銃后夫人の翼賛挺身(ていしん)を祝す。終わって穂積副会長の発声で聖寿の万歳を奉唱。
<穂積副会長>
「天皇陛下万歳、万歳、万歳。」
[2]高松宮殿下台臨 海の精強巣立つ 02:02
帝国、米英撃滅の聖戦を宣してよりここに1ヵ年。戦時下初の海軍兵学校卒業式は、11月14日、かしこくも高松御差遣宮殿下の台臨(たいりん)を仰いで、いとも荘重に行われました。殿下には大講堂にならせられた御后、白の作業衣も凛々(りり)しい卒業生の演練を御熱心に御覧あそばされました。今回の卒業生中にはかしこくも久邇宮徳彦王殿下を拝すのであります。
11時15分、高松宮殿下台臨(たいりん)の下に荘厳の気漲(みなぎ)る卒業式を終わり、海軍少尉候補生の軍装もひときわ映える海の若武者は、卒業証書を手に手に、今日の日を待ちかねた父兄としばし歓談のひとときを過ごすのであります。
軍艦旗の下、先輩がハワイにソロモンに、高らかに奏した凱歌(がいか)をしのび、午后2時、卒業生は黙々別れの挙手に尽忠の決意を秘めて、及川大将をはじめ、将星、在校生、父兄の歓送の中を戦雲渦巻く海洋へと向かう。海の兵(つわもの)に栄光あれ。
[3]サイゴン暁神社の鎮座祭<共栄圏便り> 01:02
仏印サイゴンの現地部隊では、伊勢皇大神宮並びに住吉神社の御祭神を迎え奉って、暁神社を御造営いたしました。その鎮座祭が11月08日、大詔奉戴日の佳き日を期して厳かに執り行われ、式典に続いて御祭礼には、新しく氏子となった兵隊さんたちが御神輿を繰り出したり、趣向をこらした仮装に、遠く故国の秋祭りをしのんで、楽しい01日を過ごしました。
(祭りの様子)
[4]ラングーン賑う共同洗濯場<共栄圏便り> 00:50
ここはビルマの首都ラングーン。半年にわたる雨の季節も10月に入れば、からりと晴れ上がって、これからは毎日暑い日が続きます。
町外れにある大きな共同洗濯場は、朝早くから、長い雨のために山とたまった洗濯物を洗う住民たちで大にぎわいを呈しています。
ところ変われば品変わるとやら。この荒っぽい洗濯法はいかにも南国ビルマらしい風習ではありませんか。温かい皇軍の庇護(ひご)の下に、大人も子どもも、ここ数日は洗濯物に追いかけられた忙しい毎日です。
[5]上海 大東亜親善体育大会<共栄圏便り> 01:17
日本をはじめ共栄圏の各国、それに独伊の枢軸国民も参加して、大東亜親善体育大会が11月08日、上海競馬場で開かれました。8つの国を代表する、1万7000の出場者は、それぞれお国自慢の妙技を振るって日ごろ錬成の成果を公開しました。
(体育大会の様子)
この日の呼び物、二人三脚競争は、共栄提携の姿もほほえましく、共同の戦いに邁進(まいしん)する各国民が、身も心も一つに溶け合う力強さを示しました。
[6]三士官学校 連合大演習 02:54
日本陸軍の中堅を目指す士官学校、予科士官学校および航空士官学校初の連合演習は、晩秋の武藏、相模の両野を圧して、11月10日、華々しくその火蓋(ひぶた)を切って落としました。参加する部隊は、近く第一線に出で立つ陸士第56期生をはじめ、満洲国、中華民国の留学生をも交えて一万余の陸の新鋭。南北両軍に分かれて、空陸一体攻防の精髄を発揮する。
(演習の様子)
戦況を視察する山田教育総監。
(演習の様子)
かくて11月12日。3日間にわたって両軍が秘術を尽くした作戦は、果敢なる白兵戦にその雄渾なる演習を終わり、続いて両軍は相模原練兵場に集結、諸兵指揮官額田少将の号令一下、教育総監山田大将の馬前に歩武堂々の分列行進を行い、敗戦にあえぐ米英を尻目に、余裕綽々(しゃくしゃく)たる皇軍の力を中外に高らかに示したのであります。