吴新荣日记>19421029

昨日は北门神社祭なので、奉公壮年团员は皆御舆かつぎに出动した。
钵卷に半天姿であの老人达には负けない积りだったが、いざ担いで见るときつかった。
肩の皮が利[剥]い[け]た上に脚が固くなって步けない程になったが、然し面白くもあり、いゝ运动でもあった。
晚には富士阁で奉祝行列に出た医师团の慰劳会を开いたが、第二次会は乐春楼に移った。
とうとう郑国浈、陈金富两人对李荣凯、吴新荣两人の酒战になったので又饮みすぎた。
先日保险会社の社医の诊察に依ると血压が高いと云ふのはやはり酒の为めかも知れない。
今日の午后、昨日の疲劳を推して佳里街分会の奉公委员会に出席した。
そして时局の认识には常会を利用すること、冠婚の改善には团体结婚を、葬祭の改善には请负制度をと咨问事项に答申した。
昨日《台湾文学》冬期号が来たので〈亡妻记〉の续篇を雪芬の灵前に捧げた。
同じ昨日に、黄吉山夫人が线香を持って来た。
昨天是北门神社祭,奉公壮年团员都出动抬神轿。
我头绑缠头巾、身穿“半天”【1】,不愿输给老人队,但抬上肩,还真费力。
不但肩膀皮肤擦破,而且双腿坚硬,几乎迈不出步伐。
可是很有趣,也是一种好运动。
晚上在富士阁举行了慰劳会,招待参加奉祝游行的医师团。
第二次会移到乐春楼,最后是郑国浈、陈金富【2】和李荣凯、吴新荣两组的酒战。
今夜已喝过量了。
前几天保险会社的社医诊察后,认为我的血压高了,也许是和酒有关。
带着昨天的疲劳,今天下午出席佳里街分会的奉公委员会。
咨询事项答辩如下:时局的认识,要多利用“常会”来推行。
婚俗的改善,要多鼓励集团结婚;
丧葬的改善,要推行包办制度。
昨天,《台湾文学》的冬季号已寄来了,将〈亡妻记〉的续篇献于雪芬之灵前。
同为昨日,黄吉山夫人送来线香。

【注】
【1】半天:日语,即“半缠”。
日本和服之半袖、半裾。
常于祭典时穿的穿着。
【2】陈金富(1909-?
):屏东平埔族人,迁居新营郡。
九州帝国大学医学部医学科毕业。
后于佳里街开医院。
战后任台南县医师公会第六、九、十届常务理事。