吴新荣日记>19420929

郭睿氏の娘の缘谈持上ぐ

今日、麻豆の同窗である邱炳鸿君から文旦一笼赠られた。
今迄なかったことだから不思议に思ってゐる时に父亲は次の如きことを云はれた。
先日黄水清君のお母さんが来て、麻豆下营の庄长郭睿氏の娘の缘谈を持ちかけたとのことだ。
そしてその话の中に明眼堂(邱君の诊疗所)のことが出てゐるそうだから、それと关系があるかもしれない。
それで谢得宜君を呼んで来てきくと、邱君は郭氏の长女を娶ってゐること、高女出の次女は结婚适龄を过ぎて今已に廿九才とのことが分かった。
晚には郭水潭君を呼んで来てきくと、门地[第]はいいし、庄长の上に组合长をやってゐるから恶くはないとの意见だ。
それで彼は商工主任の资格を利用して、その样子をさぐって来ると云った。
又どうしてそんなに婚期を[が]迟れたかと云ふ理由を、麻豆の住人である李自尺君に[が]调べて下れると云った。
先日、黄奇珍兄も郭睿氏とは恳意とのことだから、明日あたりにこの事情を知らせて彼の意见をきこう。
提亲郭睿【1】氏的女儿

今天,麻豆的同窗邱炳鸿【2】君送来一篓文旦。
他以前从不曾如此做,感到奇怪,父亲告诉我:前天黄水清君的母亲来提亲,对象是麻豆下营庄长郭睿氏的女儿。
谈话中,提到明眼堂(邱君的诊疗所),是否和前者有什么关系?
于是找来谢得宜君问话,得知邱君娶郭家的长女,而高女毕业的次女已过适婚年龄,今年已二十九岁。
晚上找郭水潭君过来,问他的看法,郭君认为门第不错,担任庄长加上组合长,也不错。
郭君说要利用他商工主任的职务探听清楚。
另外请住在麻豆的李自尺君打听一下,延误婚期的原因。
前日,听说黄奇珍兄和郭睿氏的交情不错,我想明天把此事告诉黄奇珍兄,听取他的意见。

【注】
【1】郭睿(1885-1970):台南县下营乡贺建村麻豆寮人。
台湾总督府农业试验场教育部农科(嘉农前身)毕业。
曾任下营庄长、下营信用组合长、农会社长、台南州街协议会员、嘉南大圳组合评议员、茅港尾区长、水利会代表、新营制糖会社委员参事、台糖参事、台南参议员等职。
当民意代表时,协助兴建嘉南大圳,创设制糖会社,土地改良等。
并创设麻豆寮国校(今名贺建国小)。
【2】邱炳鸿(1911-?
):台南县白河镇人。
吴新荣就读东京医专的学弟(低二班),眼科医生。
曾任东京市立广尾病院眼科医员。
1936年返台于麻豆开业“明眼堂眼科”医院。