吴新荣日记>19420812

昨夕高雄に戻って着いた时、植村荣宗叔が迎へて下れた。
それで彼の寓居に至り、一风吕を浴びてからビールを一本平らげた。
少谈后、このささやかな家庭を辞して、荣宗叔と二人で出た。
先で[づ]前金へ行って江藤利男君を访ねたが、引越したとのことで、それでその足で盐程[埕]町に步き又时间があるので旭カフェーに入ってビールを一本饮んでから驿に向かった。
豪雨の为め台南以北は不通と云ふが、とにかく台南までやっとのことで戻って来たのである。
それで早速、奇珍兄の门を叩きて泊【ら】せて贳ったが、序でに王乌硈先生が毛家に申迂んだことを报告して、彼の行动开始を赖んだのである。
今朝早い内に起きて国民体力检查に间に合ふべく归佳しようとした。
王先生も行くことになってゐるので诱って行ったら轻铁も汽车も不通と云ふので困惑してしまった。
その待つ时间で[に]王先生は始めて毛家の返事を漏らして下れたのである。
预期してゐる事ながら私の一时の心的昏迷は非常なものだった。
殆んど全家こぞって反对してゐるので、私もいささか意外だった。
それも我身から、否、我家から出た锈、今は今更谁も恨みはしない。
それよりも私は早く自分の生活方针を决定すべく迫られたのである。
私は早速奇珍兄に、“例の件は行动中止、总ては空だ”と知らせてやった。
それで王先生と九时过ぎのバスで归里して体力检查に出场した。
今日はこの事で私は一面では非常な悲壮な心情を抑へ难かったが、一面では案外一つの事件が解决した样な安心感を[が]した。
それで始终考へた结果、自分のこれからの生活方针を次の如く决意した。
一、育儿
一、读书
一、蛰居
丁度、昼顷に台南の有马白洋画伯が亡妻の油绘を持って来たので、それを壁に揭げ、子供达を集めて静かにその母の事を语ってきかせた。
さうすると南星は大きいで【事】もあるが、さすがは我が子、泣いて我が言をきいた。
私はこれで私は子供を养育することが出来、又子供もさうさせるのが出来ると思った。
次に书物は私の一种の妻としよう。
私はこれを读むことに依って妻と语ることにしよう。
今日の事件の失败の原因は逸まった又早かった为めと云へる。
私はこれから恐らく当分の间或は永久に续弦のことを语らないだらう。
それから最后の蛰居の问题である。
棋の友が来たれば围棋でもしよう。
语らうとする友が来たれば语ることにしよう。
公式の宴会ならば仕方がなく出ることにもしよう。
然し私的な交际はこれから绝对谨慎だ。
旅も止さう。
辛いからだ。
我が家にとぢこもって、子供归ればこれを教へ、暇なれば书を读むことにしよう。
昨夕回到高雄,植村荣宗叔来接我,带我到他的寓所,洗个热水澡后,喝了一瓶啤酒。
谈些话后,辞了这小家庭和荣宗叔外出。
先到前金拜访江藤利男,他已搬家了。
在盐田[埕]町散散步,走进旭咖啡屋喝一瓶啤酒之后到火车站去。
因豪雨,台南以北铁路中断,就搭车回台南了。
去叩奇珍兄的家门,住宿一晚,顺便告诉他,王乌硈先生已向毛家提起婚事,并请他开始行动。
今天早起,准备回佳里赶上国民体力检查。
王先生也要去佳里,就邀他同行。
但轻铁【1】、汽车都中断,真是大困惑。
等车时,王先生才告诉我毛家对此事的反应。
虽属预料中之事,但一时精神上的冲击几乎无法承受。
他们几乎是全家一致反对此事,真是万万料不到的。
这是我自身,不,应该说是我家自作自受的结果。
事到如今,怨不得谁,此事应可促使我早日把自己的生活方针做个决定。
我得赶快通知奇珍兄,“相托之事即时中止,一切皆空”。
和王先生搭九点巴士回佳里,及时加入体力检查。
今天的事,心中的悲情难以抑制。
但另一方面,好像解决了一件大事之后的被释放的安心感。
全盘思虑的结果,此后的生活方针决定如下:
一、育儿
二、读书
三、蛰居
中午,刚好台南的有马白洋画伯把亡妻的油画画像带来了。
把它挂在墙上,将孩子集合过来,静静地把他们母亲的事讲给他们听。
南星毕竟年纪较大较懂事,不愧为我的儿子,边掉着眼泪,边听我说话。
我想我能够好好地养育我儿而我儿也可塑造。
其次,我把书籍当成另一个妻子,每一次读书,就当做是和妻子交谈。
今日,事件的失败原因是动作太急促,时机太早所致。
从此,也许相当期间或永远不再对人提起续弦一事。
最后,是蛰居的问题。
棋友来了,就下棋;
谈论的友人来了,就谈论。
公家的宴会不能拒绝,而私人的交际邀宴,绝对禁足。
旅游也取消掉,因为那是很心酸的。
悠闲在自己家中,孩子回来了,教教他们,有余暇就读书。

【注】
【1】轻铁:轻便铁路,此指糖厂火车。