昨日は北门の王金河君が屹度子供达をよこしてくれと行って归ったので、今朝ハイヤーを赖んで父亲を始め、雪金、碧梅、南星、南河、南图等を行かせた。
午近く自分もオートバイで行ったが、丁度昼饭なのでそれが济むと、一足先に南鲲鯓庙に赴き、御签を五府千岁から[に]谓[请]ふた。
先づ自分が现在の希望に[を]达し得るや否やに就いて、次の御签が出た。
丙寅
时中暂[渐]々见分明
花开花谢结子成
宽心且看月中桂
郎君即便见太平
此卦王太君双生贵子
诗注に“婚姻大吉”とある。
子供は已にあるからあせる必要がないとでも云ふのか。
また雪金の缘谈に就いては次の御签が出た。
庚午
(
此卦郭子仪夫妻拜寿
)
平生富贵成禄位
君家门户定光辉
此中必定无损失
夫妻百岁喜相随
诗注に“婚姻大吉”とあるのは勿论である。
それを皆の前に发表したら雪金も大喜びである。
先日、东京の寿山からも金河君を推举する手纸が来た。
父亲も王乌硈先生の提言を赞成してゐる。
即ち人事を尽してゐるから后は天命を待つより外に途がない。
而して五府王爷の御签は天命とあらば、この缘谈をまとめようと思ふ。
尚今日、黄奇珍兄から屏东へ行って苏氏暖[暖]さんに会って来た结果、又李自尺君、黄腾氏は子良庙へ行って林泮先生に会って来たを[と]报告して来た。
暖[暖]さんも非常に赞成して姊格の林氏水椮さんと共同で岳母に会って下れると迄附言したさうだ。
又林泮先生も非常に赞成して、义兄宛に手纸を书いて下れた。
然し南鲲鯓庙の屋上で奇珍兄の手纸をそのまま碧梅に见せたら、余り抽象的なのか、彼女は谁のことであるかと反问した。
自分は少くともそれが一种の告白状であり、又求爱状でもあるのだ。
私は碧梅に奇珍兄の手纸を上げてから一足先に归途に就いた。
绫部旧郡守と五藤新郡守の送迎会に间に会ふ为めである。
昨天,王金河君要回去时再三交代,一定要带孩子去他家玩。
所以今天早上,租了一辆轿车,载父亲、雪金、碧梅、南星、南河、南图等人去了。
近午,我也骑机车去了,刚好正在吃午饭。
饭后,我先出发到南鲲鯓庙,向五府千岁求签,但问我现在的希望能否如愿。
抽到的签诗是:
丙寅
时中暂[渐]々见分明
花开花谢结子成
宽心且看月中桂
郎君即便见太平
此卦王太君双生贵子
诗注曰“婚姻大吉”。
是否告诉我已有孩子了,故不必太急?
有关雪金提亲事,抽到的签诗是:
庚午
(
此卦郭子仪夫妻拜寿
)
平生富贵成禄位
君家门户定光辉
此中必定无损失
夫妻百岁喜相随
诗注当然是“婚姻大吉”。
当众发表,雪金大喜。
前日东京的寿山也来信,推举金河君最佳人选;
父亲也赞成王乌硈先生的建言,尽人事而后听天命,别无他途。
五府王爷【1】的签诗如果是天命的话,我想这门亲事应可谈妥。
又今天黄奇珍兄到屏东会见苏暖女士的结果,还有李自尺君和黄腾氏两位到子良庙会见林泮先生的结果,都得到了报告。
暖夫人【2】表示非常赞成,将和姊辈的林氏水椮一起去见岳母。
林泮先生也非常赞成,将写信给内兄。
但在南鲲鯓庙的楼上,把奇珍兄的信给碧梅看,也许写得太抽象了,她反问我这指的是谁?
我本来把这封信当成是我的告白状,也是求爱状。
我把奇珍兄的信交给碧梅后,先一步赶回佳里,正好赶得上绫部旧郡守和五藤【3】新郡守欢送迎会。
【注】
【1】王爷:消除瘟疫之神。
在早期福建沿海一带相信只要藉由神圣的力量,由船只就可以把瘟疫或衰运带离开当地,因此产生了游地河的信仰仪式。
王爷信仰传到台湾成为非常普遍的一种信仰且渐演变。
而王爷所指的是某一姓氏的神尊,民间所称呼的(几)府千岁,指的就是由(几)个姓氏是所组成的团体。
例如:五府千岁、三府千岁等。
如南鲲鯓五府千岁为吴、朱、李、池、范诸王爷,金唐殿为朱、雷、殷、萧、金诸王爷。
【2】暖夫人:即苏暖。
【3】五藤:五藤勇(1902-?
),日本高知县人。
1917年来台,入彰化银行。
后历任台中州地方课庶务系长、新竹市助役。
1942年调任北门郡守,直至终战。