日本ニュース 第105号

1942年(昭和17年)6月09日

[1]中国特派大使 チョ民誼氏来朝 01:17

中華民国国民政府訪日特派大使チョ民誼氏は、6月01日(いちじつ)、かしこくも謁見を賜るの光栄に浴し、宮中に参内いたしました。

越えて2日、大使は、楊、任両副使以下を伴い、東條首相招待の晩餐会に臨み、日本の赫々(かくかく)たる勝利を讃え、国民政府の決意と対日協力の誠意を披瀝(ひれき)いたしました。

[2]生産力拡充へ鶴嘴戦士表彰式 00:35

鉱道深く快進撃、石炭の増産に成果をあげた鶴嘴(つるはし)戦士の表彰式が、企画院厚生省、商工省の共同主催のもとに、6月04日、首相官邸で行われました。栄光に輝く戦士たちは、岸、小泉両大臣からうれしい表彰状に続いて、黒十字の大臣徽章(きしょう)を胸に飾られました。

[3]東條首相 日立精機視察 02:00

軍備の飛躍的充実には、精密機械工業が高度に発達しなければならない。諸君、しっかり頼みますと、東條首相がこのほど東京の日立精機工場を訪問しました。

生産の戦いに負けるようなことがあっては前線の将兵に申し訳がないと、真っ黒になって立ち働く産業戦士の真摯敢闘に、首相はいたく感激。旋盤機械の真っ只中で、激励の言葉を贈りました。

「航空兵力ならびに機甲兵力の急速なる充実の成否は、いつにかかって軍需工業能力のいかんにありと言うも過言ではないのであります。しかして、人員、物資とも、著しく制約を受けているところの今日にあり、軍需工業能力を向上するには、まずその画期的高能率化を断行することが急務であるのであります。」

[4]小スンダ列島戡定 02:35

赤道南方小スンダ列島中、ロンボク、スンバワ、フロレス島に残存する敵の掃討作戦は、5月10日開始、17日全く完了しました。東インド方面陸軍精鋭部隊は、ロンボク、スンバワに引き続き、5月13日フロレス島北岸、レオに奇襲敵前上陸を敢行。

我が猛攻の前に壊走する敵に引き替えて、住民は皇軍の温情に集まり、敗敵、掃討に協力を誓う。陸の精鋭は一気に敵を押しまくり、山岳地帯を突破。14日には早くも南岸の要衝に達し、17日小スンダ列島の戡定作戦を終わったのであります。ここに我が軍は、先に戡定(かんてい)をみたチモール島との連絡を確保し、豪州に対する威圧は一段と強化されるに至りました。

[5]浙東戦線~浙責作戦~ 04:34

陸軍部隊の浙東作戦に呼応して、海軍部隊もまた行動を開始。05月30日、玉環島上陸に成功。すなわち支那方面海軍部隊の精鋭は、浙江省の沿岸を制圧しながら一路北上。ショウモン湾を抑え、玉環島に迫る。05月30日、見事無血上陸を行い、ただちに玉環堅城を占領。引き続き翌31日、全島の残敵掃討を終わりました。一方、浙江省南部山岳地帯を猛進する陸軍部隊は、待望の衢州目指して、蒋軍第3戦区席巻。

敵の金城湯池(きんじょうとうち)に、重慶の息の根を止めるべく、気負いたった報道部隊も銃を取り、蒋軍撃滅の意気に燃えて敵地を行軍。

かくて衢州(くしゅう)へ、衢州へ、アメリカが力こぶを入れた飛行場の占領は間近にあります。