吴新荣日记>19420329

雪芬を出葬す

雪よ、私は今晚から已にお前の侧で日记を书くことが出来ない。
普通だったら今顷はラヂオを闻きながら杂志を读んだり、又は日记を志けたりしたものだ。
然しラヂオはお前が死んでからねぢって见たことがない。
又布团の上で日记を认められるのも今晚始めて出来た。
と云ふのは、お前は已に永久に私の侧から消え去ったのである。
今日の午后四时からお前の葬式を营み始めたからだ。
坊さんの诵经が济んで、遗族烧香及来宾烧香の顺序で式が进行した。
诵经には内地归りの良家出身の尼もゐた。
来宾は非公式にも拘らず意外に多数であった。
五时顷に“迁棺”とて家から茔地へ葬式の列を连がれた。
雪よ、その时こそお前が我が家と最后の别れだ。
来宾は殆んど“街尾”でお归りを愿った。
残った行列は“地理师”、“道士”、“和尚”、“棺”、“孝男”、“遗族”の顺序で第一号共同茔地に向かった。
自分は昭癸、奇珍、国卿、春长、传墩、转上等と“孝男”の侧に付き切った。
茔地に着いた时は六时近くになったので、早速“点主”の仪式をやった。
今日の日令がよくないので棺はそのまま安置し、明日の吉日を期して埋坑することなった。
雪よ、吾々はこの时から地上に于いてお前と最后の别れをしなければならなかった。
明日の善行寺に于いて、お前の告别式を举げることになってゐる。
その时间内にお前の寝棺は坑内に入れなければならないのだ。
雪よ、今晚からお前は一人で野原に寝[眠]らねばならない。
余り淋しいと思って、私は将军から三人の番人を选んでお前の寝棺を守ることにした。
永久にさよなら。
永久にさよなら。
私も何时かの日にお前を[に]会ひに行くであらう。
若しもほんとに灵魂と云ふものがあったら、お前は如何に喜ぶだらう。
雪芬出葬

阿雪,今晚开始不能再坐在你身旁写日记了。
平常的日子,这个时刻一边收听收音机,一边看杂志,或写日记。
但自从你过世后,都不开收音机了。
今夜开始我就只能在垫被上写日记,因为你已永远地从我身旁消失了。
今天下午四点,开始你的葬礼,和尚诵过了经,依遗族、来宾烧香的顺序进行。
诵经的师父中,有的是从内地回来的望族出身的尼师。
虽非公开仪式,但来宾人数意外地多。
五点左右,“迁棺”之后,随即从家往墓地成列进行。
阿雪啊!
这个时刻是你离开我们家的最后一刻。
送葬的来宾走到“街尾”,就请他们折返了。
剩下的行列就依照“地理师”、“道士”、“和尚”、“灵柩”、“孝男”、“遗族”的顺序,一直往第一号公墓出发。
我和昭癸、奇珍、国卿、春长、传墩、转上【1】等,紧跟在“孝男”之侧。
到达墓地已经快到六点了,马上进行“点主”【2】仪式。
今天日令不好,棺木暂安放着,以期明天吉日再行入土。
雪啊!
我俩此刻起在地面上做最后之别了。
决定明天在善行寺【3】为你举行告别式,在这之前非入土不行。
雪啊!
今晚开始你得孤独一人在荒野过夜,我觉得这样太孤单了。
我决定从将军挑选三个守夜者来守护你的寝棺。
永久的再见。
永久的再见。
我总有一天也是要去见你的,如果真有灵魂的存在,你会很高兴吧。

【注】
【1】转上:谢转上。
吴萱草胞兄之子,即吴新荣的堂兄弟。
【2】点主:台语,念tiám-tsú。
棺柩落葬后,举行“点主”仪式,以求子孙吉运。
多由学者官人充为“点主官”,在神主牌上点朱及点墨,用后之朱笔掷向太阳的方向,墨笔则留之。
【3】善行寺:寺址今佳里镇建南里中和街92号,位于小雅园之北邻,为金唐殿之后殿。
今主寺迁至北头洋之南侧。
1963年7月吴新荣曾著《金唐殿善行寺沿革志》。