日本ニュース 第87号

1942年(昭和17年)02月03日

[1]カビデ軍港<新生の大マニラ市> 00:57

(音声なし)

[2]ニコルス飛行場<新生の大マニラ市> 00:30

(音声なし)

[3]サンフェルナンド停車場<新生の大マニラ市> 00:25

(音声なし)

[4]在留邦人<新生の大マニラ市> 01:17

(音声なし)

[5]比島行政機関成る 00:34

(音声なし)

[6]バタアン半島殲滅戦 02:28

(音声なし)

[7]ゲマス タンピン爆撃<マレー戦線> 01:03

(音声なし)

[8]クアラルンプール突入<マレー戦線> 00:59

(音声なし)

[9]シンガポールへ進撃<マレー戦線> 00:28

(音声なし)

[10]ビスマルク諸島へ<濠州領へ奇襲作戦> 03:37

皇軍堂々赤道を越えて新作戦を行い、濠州領ビスマルク諸島に初の大日章旗燦(さん)として翻る。即ち帝国陸海軍は、敵が最后と頼むアメリカとオーストラリアを結ぶ南方連絡ルートを一挙に遮断すべく、突如オーストラリア委任統治領、ニューアイルランド島·カビエング、ニューブリテン島·ラバウルに暁の奇襲上陸作戦を敢行しました。遠く故国を后に2500マイル、護送船団の船上には敵前上陸を間近に控えた勇士が白襷(しろたすき)も凛々しく甲板に整列。遥か北の方、皇居を遥拝すれば、一死報国に殉ずる将兵の決意眉宇に溢れて、赤道直下に皇軍の意気は益々上がりました。

越えて1月23日朝まだき。折から上弦の月、淡く暁闇(ぎょうあん)の南の空にかかり、前方の上陸地点には我が爆撃、功を奏して、紅蓮の炎天に沖するを見る。全員枚(ばい)を銜(ふく)んで舟艇に移れば、カビエング海浜の白波を蹴って暁の奇襲上陸は見事に成功。

皇軍来たるの報に、早くも風を食らって遁走(音声中断)や、敵軍を急追して、我が皇軍は大軍艦旗を先頭に、亭々たる椰子の樹海をぬって索敵進軍に移りました。敵は退却にあたって飛行場を爆破。上陸地点一帯は至るところ焦土戦術の跡を見ることができます。かくてカビエング無血占領は滞りなく完了しました。

[11]ラバウル敵前上陸<濠州領へ奇襲作戦> 01:14

一方、ニューブリテン島·ラバウルに向かった皇軍は、陸海緊密なる共同作戦の下に、敵の抵抗を排除しつつこれまた見事敵前上陸に成功しました。この火山の島ニューブリテン島の首都ラバウルは、敵がオーストラリアとニュージーランド防衛の第一線本拠地と頼んだ要衝(ようしょう)で、今后このラバウルを中心として我が空軍部隊が活躍を開始すれば、アメリカ、オーストラリアの連絡路はたちまち死命を制せられ、ためにオーストラリアは孤立無援の窮境に立つことになります。さればこそ、この度の作戦は、その意義の重大なる、その規模の豪壮なる、今次、大東亜戦史上不朽の1頁を画するものと言い得るのであります。