今朝、佳里に归って来たら患者は一寸も来てゐないのを见ると、もっとゆっくり休养して来たら好かったと思った。
然し卓上に重ねてゐる纳税通知书等を见ると、ぐづぐづすると饿死するかも知らないと云ふ感じが一杯であった。
夕方、例の佳里恳谈会に出席して见たが、奉公壮年团に发展解消することになった。
自分は组合监事改选のことで郡守と劝业课长に、又朱里の小学校入学のことで庶务课长と视学に敬意を表して最后迄付き合った。
今晨回到佳里,几乎没有患者来看病,心想不如好好休养一下,不必急着赶回。
然看到桌上的一叠纳税通知单,感到情况再这样拖下去,也许有一天会饿死也不一定。
傍晚照例参加佳里恳谈会,决定取消恳谈会,而发展为奉公壮年团【1】。
我为了组合监事改选问题,和郡守及劝业课长,以及为了朱里小学校问题,和庶务课长及督学等,陪坐到最后,以表敬意。
【注】
【1】奉公壮年团:进入战争期之后,皇民化运动如火如荼展开。
日本当局在1941年4月成立“皇民奉公会”,以及各种奉公会团体,有以年龄区分者,如“奉公少年团”、“奉公青年团”、“奉公壮年团”。