昨晚、第二部落集会所に于いて皇民奉公会の座谈会があると云ふので、委员として出席した。
台南州知事一番濑佳雄が推进班として皇民塾を视察する傍ら主催したものである。
七时半出席せよと通知して来たので定期[刻]に行ったが、九时にやうやく开いたのでうんざりした。
それに座谈会と云ひながら一场の训词みたいなことをやってすぐ引き上げたのでがっかりした。
自分も酒仲卖所に引き上げて方沁氏と围棋したが、どうも香しい成绩ではなかった。
いよいよ国内的に又国际的に见て总ても临战态势にあると云ってよい。
いざ战争になると、智识人なるが故にそれに对する恐怖がないでもない。
然し一旦死を超越してみれば、万事が案外に简单に思って来るのである。
今はむしろ若し战わねばならないとすれば、早く战ってその结果を见る乐しみを持ってゐる。
自分は奉公会の委员になったり防卫团の班长になったりして、一应は战时态势に编入されてゐるのである。
然し吾々は一个の文化人として又は历史の民として、又别に重大な使命と责任をもってゐる筈である。
昨晚,在第二部落集会所举行了皇民奉公会的座谈会,我以委员的身分出席,台南州知事一番濑佳雄【1】为推进班,来视察皇民塾,并举办公民座谈会。
我准时在开会时间七点半到场,却一直拖延到九点才开会,令人气馁。
所谓座谈会,只是听一场训词,讲完了,就马上离场,真是莫名其妙。
我离开后,到酒配销所和方沁氏下围棋,成绩不佳。
以国内或国际性的观点而言,可说一切都渐渐进入临战状态。
一旦战事爆发,不是说身为知识分子就没有恐惧,然而只要以超越生死的思想来面对,则万事就变得简单。
既然战争不可避免,则不如早日爆发,期待早日知其结果。
我担任奉公会的委员兼防卫团班长,已被编入战时态势之中。
但我认为身为一个文化人,一个历史中的人,应该还有另外更重大的使命和责任才对啊。
【注】
【1】一番濑佳雄:或写“一番ケ濑佳雄”,东京府人。
东京帝大英法科毕业,高等试验行政科合格。
1940年12月由新竹州知事调任台南州知事,1942年7月卸任转调陆军司政长官。