吴新荣日记>19410927

“神经性期外收缩”に罹る。
昨夕、配给药品を受け取る为めに台南へ行った。
序でに先日检血の结果を闻いて来ようと思ったからだ。
先づ王乌硈先生を访ねたら、血液にはワッセルマン氏反应阴性と云ふことだ。
そして一应血行系统の权威台南医院长野村博士の诊断を受けた方がいいと云はれた。
それには先に苏丁受君の诊断を受けた上で绍介状を贳ったらいいとの事だ。
それで苏君を访ねる为めに伡を驱けて先づ黄奇珍宅を访ね、今晚は泊まると云って来た。
次に苏药局で丁受君を访ねたら不在と云ふので、その足で兴南新闻支局の林衡权君を访ねた。
林君も不在なので、その附近の林永道君を访ねて寿坤の指导を赖んだ。
戻りには彰化银行支店に谢朝安君を访ねて、配给药代の交付を依赖した。
そこで晚食に出ようと云ふので、他の二人の友人と盛场へ步き出した。
途中《フランス败れたり》を返すために黄百禄君を访ねたらやはり不在だった。
天国食堂で腹をこしらへてから黄宅に戻って眠った。
今朝起きて食事后、すぐ新楼病院边の苏丁受宅を访ねて、同君の诊察を受けた。
さうすると同君は“神经衰弱による期外收缩”であらうと云はれた。
そしてやはり野村医院长の诊断を受けた方がいいと云はれ【た】ので、その足で台南医院に赴いた。
时间前にも拘らず、已に患者が泽山集ってゐるが、幸、苏国梁君に会ったので、彼の尽力で一番最初に诊て贳った。
野村博士は谨严そのものであるが、亲切に详细に诊て下れた。
そして老练家らしく“神经性期外收缩”と宣言して下れた。
序でに次の诸件を严禁せよと丁宁に注意して下れたことは医者として学ぶべきである。
一、过劳をすること。
一、房事をすること。
一、饮酒をすること。
出来れば次の事を实行すること。
一、十分睡眠すること。
一、公园等に散步すること。
一、夜间の往诊を避けること。
确かに房事も饮酒も恶いが、どうして过劳を避けることが出来るか。
读书迄止めて何时も睡ったら、人生は何の乐しみがあるか。
然し幸に神经性にして器质性でなかったことだけでも安心すべきである。
博士は尚、臭素剂を服用したらよかろうと云はれた。
罹患“神经性期外收缩”症。
昨夕到台南领取配给药品,顺便看看前天验血的结果。
首先请教了王乌硈先生,答案是瓦色曼氏反应阴性,并建议找循环系统权威台南医院院长野村博士作诊断。
为此,他说先接受苏丁受君的诊断,再拿他的介绍信去较妥。
我为了找苏君,坐上人力车,先去黄奇珍宅,并约定今夜在此过夜。
之后到苏药局拜访丁受君,不在;
转而到兴南新闻支局看林衡权君,也不在;
顺道拜访林永道君,拜托他指导寿坤的生活与课业。
回程到彰化银行支店拜访谢朝安君,请他代为交付药品费。
然后,邀其他两位友人一起到沙卡里巴吃晚餐,途中,将《法国败战》一书送还给黄百禄君,还是不在家。
在天国食堂吃饭之后,回黄奇珍家休息。
今晨早起餐后,直接到新楼病院边的苏丁受宅找他,请他为我诊察。
他的说法也是“神经衰弱引起的期外收缩”,也是建议我接受野村医院长的诊断较妥,就到台南医院去了。
看病时刻未到,已有许多患者在等着,幸而遇到了苏国梁【1】君,将我安插上第一个病号。
野村博士为人甚严谨,但亲切地诊察,老练地断定是“神经性期外收缩”,并告诉我一些生活中严禁的注意事项,再三叮咛,这一点值得我好好学习。
一、不得过劳。
二、不得行房。
三、不得喝酒。
并尽可能做到下列之事:
一、要有充足的睡眠。
二、到公园等处散步。
三、避免夜间外出的看诊。
此情况之下,房事、饮酒确实不宜,应如何避免过劳呢?
如果连阅读都禁止,终日睡觉,人生还有甚么乐趣可言?
好在是神经性,而非器官所引起的病况,就大可放心。
博士也建议我可服用臭素剂。

【注】
【1】苏国梁(1911-?
):台南市人,台北医专毕业。
开设国梁医院、苏小儿科,并曾任职于台北帝大附属医院泽田内科、台南医院耳鼻科、小儿科专门医院。