日本ニュース 第37号

1941年(昭和16年)2月18日

[1]バイアス湾再度上陸 香韶ルート遮断 01:26

皇軍、再びバイアス湾に急襲上陸を敢行。02月04日、南支の朝もやを突いて、我が精鋭大兵団は堂々舟艇の列を連ね、バイアス湾内深く突入。先の奇襲上陸戦以来、すでに三星霜(せいそう)。戦史に燦(さん)たる戦陣の武功を胸にたたんで、意気いよいよ軒昂(けんこう)、たちまち敵を制圧して全部隊の上陸に成功しました。かくて息つく暇(いとま)もなく、疾風のごとく猛進を続け、同日早くも英支国境の沙頭(さとう)を陥れ、淡水を治め、翌5日、沙魚涌(さしよう)に殺到。香港、韶関(しょうかん)を通ずる敵の軍事輸送路を完全に中断して多数の援蒋資材を鹵獲(ろかく)。敵に致命的損害を与えました。

[2]新黄河一帯制圧輝く太和入城 01:31

一方、北支の寒風を突いて、密かに行動を開始した皇軍の精鋭は、敵の虚(きょ)を突いて快速進撃を続け、新黄河を中心とする河南·安徽(あんき)の両平原にみごとなる包囲陣を敷き、2月初め、壮烈なる大殲滅戦(だいせんめつせん)の火蓋(ひぶた)を切って落としました。

地上各部隊の協力作戦と徹底的撃滅戦に何柱国軍の大兵は狼狽(ろうばい)、その極に達して、四分五裂(しぶんごれつ)。完全に再起の希望を断たれました。

かくして作戦開始以来、わずかに1週間。敵、最后の拠点·太和も、ついに皇軍の手中に帰し、2月04日、我が主力部隊は武勲の軍旗を奉じて、堂々の入城式を挙行。初めて見る無敵皇軍の威容に感嘆する住民は日章旗を打ち振ってこれを迎え、早くも新建設への新しい熱意を示しています。

[3]故大角大将以下の殉職の英霊帰還 00:57

支那方面視察中、去る2月05日、南支に遭難殉職した大角海軍大将以下、10柱の遺骨は17日午后、羽田の東京飛行場に到着。帰還第一歩を印しました。遺骨は場内の大格納庫の祭壇に安置され、遺族との悲しみの対面に参列者一同の涙をそそりました。

続いて及川海相、永野、寺内、畑大将らの陸海の将星の拝礼を受けました。

なお、殉職英霊の偉勲をしのんで、3日后の20日、盛大なる合同海軍葬儀が執行されることになりました。

[4]停戦成立后の泰·仏印紛争地区 01:29

泰·仏印国境紛争の最激戦地シソフォン付近。両軍の空襲と砲撃を被って、家は焼かれ、樹木は枝葉を失い、惨澹(さんたん)たる戦火のありさまを示しています。

我が澄田少将の一行は、戦争停止状況を監視するため、2月05日、この地方を久しく巡視し、ここに両軍の前線司令官を招集して、相互に10km后退すべし、との協定遂行に関する打ち合わせを行いました。

両軍は50mから100mを隔てて相対峙(たいじ)し、今なお極度に緊張し、厳重な警戒を続けています。

住民は停戦成立直后とて、いまだ姿を見せず、無人の荒野に南国の太陽が強烈な光を投げかけております。これは泰空軍の25kg爆弾による大穴。なお一行は、日章旗を翻して泰国第一線将兵の閲兵を行いました。

かくて戦雲乱れとんだカンボジアの国境に、初めて平和の光が訪れ、事件解決への歩調を早めております。

[5]蒙古連合自治政府首席来日<週間話題> 00:47

東亜共栄圏の一翼として力強い歩みを続ける蒙古連合自治政府主席·徳王は、李守信(りしゅしん)将軍以下、随員16名を従え、2月15日、東京駅着、晴れの帝都入りをしました。駅頭には大橋外務次官、チョ民誼中華民国大使、岡部·酒井両中将ら、将星、官民多数の出迎えあり。徳王は3年ぶりに訪れる日本の温かい友情に感激しつつ、日蒙両国旗の波をくぐって、駅前から自動車で宮城前広場へと向かいました。

[6]堀切駐伊大使着任<週間話題> 00:25

盟邦イタリアに新任の我が堀切大使は、このほどローマに到着。

·堀切大使·

「必ずや一致結束し、最后の勝利を得るだろうということを確信して疑わんのであります。」

イタリア国民はこぞって大使を歓迎。熱狂的な親善の誠意を示しました。

[7]第3回ボブスレー大会<週間話題> 00:38

02月11日、神宮競技冬季大会の后を受けて行われた、奉祝ボブスレー大会。日本で3回目の競技会とはいえ、体育の振興と国防用具としての期待に、出場18チーム選手の敢闘ぶりものすごく、400mのコースに白熱戦を展開。

結局、北海道帝大、サトウ·カワカミ組が36秒3の好記録をもって優勝しました。

[8]八戸で日本氷上剣道大会<週間話題> 00:42

戦時下にふさわしい冬季鍛錬の新しい試み、日本氷上剣道会支部発会式を兼ねて、11日、青森県八戸の長根リンクに演武大会を挙行。中等学生の戦闘教練においては、武装の若人数百名が銀盤上に壮烈なる一大白兵戦を展開。

また氷上の試合には、剣道とスケート技術とが渾然(こんぜん)一体をなす鍛錬の妙技を発揮。満場の喝采(かっさい)を浴びました。

[9]ヒトラー総統 第一線視察激励 01:37

戦線、春いまだ浅く、隠忍よく、最后のイギリス粉砕の時を窺うドイツ戦線にヒトラー総統は突如、颯爽(さっそう)たる姿を現しました。総統自らの出陣に前線将兵は祖国攻防の時は近くにあり、と決死仇敵に当たらんとする決意いよいよ固く、長大列車砲をはじめ、新鋭兵器をフランス国内に進めて、撃滅の日を窺っています。

総統は精鋭ドイツ軍の最前線を子細に視察し、胸中期するものあるかのごとく、悠々として各部署の将兵を激励。

ドイツが誇る長距離海岸砲は、フランス海岸に砲門を連ねて、間断なく敵を砲撃。イギリスが怯える上陸作戦の切迫を思わしめるものがあります。