吴新荣日记>19400912

グスタフ・エックシタイン著《全传野口英世》读了。
近日来は割合に患者が多かった。
それと云って别に忙しい程でもなかった。
暇のときは徐清吉君と围棋した。
この乌鹭战だけは何时も自分の胜であった。
然し方圆阵の真谛には未だ分らない。
この割合にゆっとりした生活のさ中に、私は一つの大きな家庭的不祥事を[に]遭遇した。
それは母と妻との冲突である。
母も勿论恶い所もあるが、妻ももっと恶い所がある。
それは单に新旧思想の冲突として片付けられないことである。
私は已にこの家に情爱や敬慕を发见することができない。
それはもつとも不幸なことである。
同时に又もっとも不孝なことである彼らの口喧哗の真最中に私は只沉默を守ってゐた。
やりたければ胜手にやらせるだけの话だ。
然し后で考へて见ると、自分はそれを处理する能力がなかったことが分かった。
从って自分には孝行を尽す能力がなかったのだ。
それは私のもっとも悲しむべきことである。
又もっとも反省すべきことである妻は、母を亲と思はないと云った。
从ってその亲の子を夫とも思ってゐないらしい。
私は只その反省を待つであらう。
然し若しもそれが不可能だったら又别な途を取らう。
然し私は已に心が伤付かれてゐる。
それは永久に愈らないであらう。
他日时期が到来すれば又别な方法を考へて母を慰めるであらう。
例へば村の老人达を集めて敬老会をやらう。
一年に一回くらいやってせめて子としての气持ちを世の亲に知らせてやらう。
仲秋近き月下に立(っ)て、このことを考へると私は泣きたくなる。
子供は多过ぎる。
そして又小さい。
そして自分はもう三十を过ぎてゐる。
さうでなければ私はもっと决定的な行动を取るであらう。
私は夜の后园に立ちて、将军の本家に向かって礼をしたくなる。
そこには今日、母が怒って一人で归って行ってゐるのだ。
今日《全传野口英世》を读了した。
译文はさう上手ではなかったが、割合に面白く读んだ。
读后感として只感じたことは、彼野口は天才よりも努力家であることだ。
そして彼は努力家になったのは母に对する孝行の为めだ。
实に孝行は彼を努力家にならしめ、天才にならしめ、伟人にならしめ、英雄にならしめたのだ。
古斯塔夫.艾格西坦著《全传野口英世》读完。
近日患者较多了,但也不觉得太忙,有空就找徐清吉君下围棋。
此乌鹭之战,经常都是我赢,但方圆阵的真谛尚未体会。
在这还算宽裕的生活中,我都处在一个不和谐的大家庭中,那就是母亲和妻子的冲突。
当然母亲有母亲不好的地方,而妻子却更为恶劣,那不是单纯的新旧思想的冲突。
在家中,我已无法找到情爱和敬慕,这是更为不幸的事,同时也是最不孝的事。
在他俩吵架时,我只能保持沉默。
想吵想闹,就放手让事态自行发展。
在事后想想,我了解我自己没有能力处理此事。
因此我也没有尽孝道的能力。
这是我最感悲哀的事。
更应该反省的是,妻子曾说不会把我母亲视为她的母亲相待。
因此她可能也不会把那样母亲的儿子视为丈夫吧!
我只能静待她的反省吧。
如果这期待是等不到的,只好采取别的途径了。
但我的内心已深深受到伤害了。
这是永远无法愈合的。
他日时机到来,再考虑其他途径来抚慰母亲。
比方集合村中的老人们,办一个敬老会之类的活动,一年可办一次,至少让世上的母亲体会到为人子女的一片孝心。
站在即将中秋的月下,一想到这些事,真想大哭一场。
子女太多,且年纪尚幼,而我已三十出头了,否则我会采取更有决定性的行动吧。
站在屋后的花园,面向将军老家深深地一鞠躬,因为今天母亲在盛怒下,一个人回老家去了。
今天把《全传野口英世》读完了,译文拙劣,但内容却相当有趣。
读后觉得与其说野口是位天才,还不如说他是一位勤勉努力的人。
而他会成为努力勤勉者是因为对母亲的孝行。
孝行使他努力做事而成为天才,成为伟人,也成为一个英雄。