吴新荣日记>19400212

临海道路を过ぎて苏澳に着く。
虎穴に入へ[ら]なければ虎子を得る能はず。
自分は何を得る目的で危险と云はるゝ临海道路を敢へて通行せんとするのか、他に非らず、自分は已に君子に非らず、危险を冒さねば人生の极致に直面する能はず。
人生は凡ゆる危险と苦痛とを经て始めて大悟し得るであらう。
自分は运命论者に非らざるも自然の恶戏には科学の精神を以って征服せんとす。
故に自分はこれから临海道路通过を敢行せんとす。
その壮美なる景观に憬るゝこと久しくなればなり、この俗恶なる邪念を纯化せんとすればなり、壮士の渭[易]水を渡らんとする气概なくも、高僧の殉教せんとする心理なくも、自分は今永劫のこの一瞬を人生の一页を饰らんとするのみ。
喉を过ぎたら热さを忘れることがあるが临海道路を通过してしまったが、今更に危险を感じてゐる。
然しこのスリルを味ふことは几ら现代人と云へどもよい趣味ではないのだ。
それでも事实はいさヽか壮观たることは争へないことだ。
正九时、自分は大なる决心を以って东海バスの自动车队に乘り迂んだ。
バス十台、トラ(ッ)ク一台、タクシー三台が续いて、宛かも探险队か队商の如しだ。
自分は第一便车、甲车队、第一号车、第二号席を占めた。
左は千刃の断崖、その下は黑潮踊る深海、右は万尺[丈]の绝壁、その上は白云流る高山──あヽ谁か天下の名胜と云はざるか。
右折左湾[弯]、先升后降、九十九折と云はれてゐるが、この路だけは恐らくは九百九十九折もあらう。
连走すること四时间、途中二回の休みがあったが、苏澳に着いて始めて生[正]气を取り戻した。
青山一发是中原と云はれてゐるが、实际苏澳に来て见ると、蕃气から总て洗い去られて、如何にも中原の感じが深い。
こヽから汽车の起点だが、发车する迄は又[未だ]三时间もあるので、理发したり、昼饭を摄ったりして时间を费か[や]した。
汽车は宜兰平野に入った时、吾等はこの兰阳の丰壤に惊か(さ)れた。
それから基隆の矿区に入った时、吾等は台湾工业の原动力を发见したのである。
汽车は台北に着いた时は已に日が暮れたし、汽车には又[未だ]时间があるので、谢振声君を访ねた。
そこで偶然张有传君に出会った。
经临海道路到苏澳。
不入虎穴,焉得虎子。
如此惊险万分的临海道路,我不畏惧地通过,我的目的是想得到甚么呢?
无非是我既非君子,就一定得冒险才能面对人生的极限。
人生必须经历危险与痛苦,才能得到大彻大悟吧!
我并非宿命论者,对大自然的恶作剧,需以科学的精神征服。
因此我勇敢地通过临海道路。
对此壮丽的景观,我已憧憬很久;
为了纯化俗恶的邪念,不用壮士渡渭[易]水之气概,也没有高僧准备殉教之心理,只想将此永劫的一瞬点缀人生的一页。
俗语说:饮热汤过喉,即忘却其热烫。
但走完临海道路之后,仍然余悸犹存。
这种刺激的体验,虽说是现代人的我,却没有这种兴趣。
不过,确实它的壮观是不争的事实。
九点钟整,我以很大的决心,搭上东海巴士的汽车队,巴士十辆,货车一辆,计程车三辆,就如同探险队或商队之旅。
我的座位是在第一台车的甲车队,第一号车,第二号座位。
左侧是千仞断崖,下面是黑潮汹涌的深海;
右侧是万丈绝壁,上方是白云飘过的高山。
有谁能不承认它是天下名胜呢?
被称为右弯左拐先升后降的九十九弯,我想光是这条路就有九百九十九弯吧。
连走四个小时,途中有两个休息站。
到苏澳下车后,才开始恢复正常的意识。
所谓青山一发是中原,实际上,到了苏澳才觉得全身洗净了野蛮之气,恢复了中原文化人的感觉。
这里是火车的起点站,尚有三小时才开车,去理个发、吃午饭,以排解时间。
当火车驶入宜兰平原时,此地兰阳的富饶,令人惊叹。
再进入基隆的矿区,我才发现台湾工业的原动力。
火车到达台北时,已是黄昏了。
要搭火车南下,还有时间,就去拜访谢振声【1】君,在那里偶遇了张有传【2】君。

【注】
【1】谢振声:彰化市人,彰化市北门德生医院长谢德斌长男,医学博士。
台湾总督府台北州立台北第一中学校学生。
吴新荣就读东京医专时的同学。
自东京医专毕业后,在东京帝大研究细菌卫生学,后在台北病院研究皮肤花柳病科。
台北帝大创设后,再入河石外科研究。
后返彰化开业。
【2】张有传(?
-2001):日本东京医学专门学校毕业,与吴新荣为同班同学。
热爱网球运动,多次拿下比赛冠军。
战后任第一任台南县麦寮乡乡长。