吴新荣日记>19390609

“三六九クラブ”成立す。
晚、黄大友君と谢得宜君等と黄君の事务所に会し“三六九クラブ”の组织に就いて相谈した。
目的は会员相互の亲睦と生活の向上を图るにあるのだ。
会员は北门郡人にして东京留学出身者の有志であること(今の所、出来るだけ专门学校以上の卒业生を募集する方针である)。
每月一回会合して顺番に世话役を置くこと、通信所は黄君の事务所に置くことになった。
尚会名の“三六九クラブ”と云ふのは

人が

月の

日に会合して成立したからである。
当分の间、黄大友、谢得宜、郭秋煌、庄得[德]信、陈穿、谢谦博、高石城、吴新荣等を会员にする预定である。
自分は最初この种の会合に对して余り兴味を持たなかった。
と云ふのは相互の思想从って教养や生活、从って职业が违ってゐる点に于いて期待を持てゐなかった。
然し谢君も高君も热心だったから、彼ら后辈の为にやらうと思った。
考えて见ると、上手にやれば、このクラブの将来性は洋々たるものがある。
第一に、郡下一流のインテリゲンチャを网罗してゐることである。
第二に、从って他日は郡内の指导的地位にあることが必然である。
自分の积りでは出来るだけロータリークラブの样な形式で发展すればいいと思ふ。
この职业の异なった人々が相互に交际して相互の教养を高むればいいと思ふ。
成立“三六九俱乐部”。
晚上,和黄大友君、谢得宜君等在黄君的事务所为成立“三六九俱乐部”一事做讨论。
目的是加强会员之间之亲睦及向上,会员是北门郡人,东京留学出身者有志之士(现今,尽可能以专门学校以上的毕业生为募集对象)。
每月会合一起,轮流担任召集人,通讯所设在黄君的事务所。
之所以把会名订为“三六九俱乐部”,意思是

个发起人在



日会合而成立本会。
目前预定会员是黄大友、谢得宜、郭秋煌、庄德信、陈穿、谢谦博、高石城、吴新荣等为基本会员。
本来对此会不感兴趣,因为相互之间以思想、教养、生活、职业相异这一点来看,不持有什么期待。
但谢君、高君对此很热心,身为后辈只好跟从。
进行顺利的话,此俱乐部的将来发展也许洋洋可观。
第一,网罗了郡下第一流之知识份子。
第二,他日必是站在郡内指导地位者。
本人的想法是尽可能以扶轮社的模式而发展下去,这群职业不同的人,互相往来而提高各分子的文化教养水准,善哉善哉。