吴新荣日记>19390402

昨夜、徐清吉君が来てグループで今度甲科の讲习生として入所する稻富高等刑事の送别をやると云った。
参加した人は郑国浈、周约典、郭水潭、李自尺、胡奕堂诸氏である。
西美楼でやって割合によい料理を注文したが、まづかった。
稻富氏とは短时间の交际であったが、割合に气持のよい人であった。
今日で自分が割り当(て)られた郡下の临时种痘が济んだわけだ。
佳里、新宅、番子寮、七股等で实にへとへとしたのだ。
お际[荫]で疲劳のせいか、风邪气味になって、床に就かねばならないことになった。
幸に夕方から大雨があって、总ての恶气流を洗ひ去られたので、气分がよくなった。
昨夜,徐清吉君来告诉我,大伙一起要为这次去当甲科讲习生而迁升的稻富高等刑事,开个饯别会。
参加的有郑国浈、周约典、郭水潭、李自尺、胡奕堂等几位。
在西美楼办,并订了高级菜色,竟是糟透的料理。
与稻富氏虽只有短期间的交往,得知他是个爽朗的人。
被分配到的郡下临时种痘,今日顺利完成。
佳里、新宅、番子寮、七股,工作下来,精疲力竭,也许是因为疲劳,有点感冒的样子,不得不躺在床上休息一下。
好在傍晚下了场大雨,洗去了恶气流,令人心情舒坦多了。